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【高嶋仁】3年生は全員出す!高校球史に一時代を築いた名将が退任

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※ 写真は「日刊ゲンダイDIGITAL」より

夏の甲子園で歴代最多の68勝を誇る、智弁和歌山高嶋仁監督がこのたび退任を表明。「ノックができなくなった」のが大きな要因とのことだが、ベンチ前で戦いをじっと見つめる、あの代名詞の仁王立ちがもう見られないなんて寂しい・・・。

高校野球の指導歴は48年。その間、甲子園に35回出場し、94年春・97年夏・00年夏と3度の全国制覇を成し遂げた。個人的には、高塚信幸さん、中谷仁さん、喜多隆志さんらがいた97年のチームが最も印象に残っている(※決勝で、元オリックス川口知哉さんを擁する平安に勝った)。

そんな智弁和歌山といえば、押しも押されもせぬ”高校野球の強豪校”だが、現在の部員数は34人。これに対して、昨夏の甲子園を制した花咲徳栄高校の部員数は、約5倍の163人。他にも100人超えの名門校が多い中、「1学年10~12人の少数精鋭で戦う」という高嶋監督の方針を、自分はとても好ましく思っているのだ!

「人数が多い学校に行くと、夏の大会前でも(球拾いなどで)外野で遊んでる子がおる。それが3年生なんです。そういう選手だけはつくりたくなかった」。そのため、予め受け入れる人数を制限し、甲子園に出場したときは、原則として3年生全員をベンチ入りさせている。

今年の夏は珍しく初戦敗退だったが、4点ビハインドの9回に主力を次々に交代させて、補欠の3年生全員に出場機会を与えていた。この試合だけでなく、智弁和歌山は「分かりやすい思い出代打」が登場することがよくある。「3年生は3年間やってきたんやから、後半になると全員を出してしまう。悪い癖なのか、いい癖なのか」

最後に代打で出て、たとえ三振だったとしても、「人生で一度でも甲子園の打席に立ったことがある」というのは、その選手にとってかけがえのない思い出となる。そして、高校を卒業するときにきっとこう思うだろう。「智弁和歌山で3年間野球ができて本当に良かった」と。

高嶋監督は「名将」であり「勝負師」だけど、「教育者」でもあるのだと思う。だから、たまに采配に”情”が入る。主力メンバーで最後まで戦う方が、勝つ可能性が高いことは百も承知。でも、そんな”目先の勝利”よりも、教え子の”3年間の頑張り”に報いるために、3年生全員に出場機会を与えてあげたいー。

かつて松井秀喜さんを5連続敬遠した明徳義塾や、レギュラーの9人だけで決勝まで勝ち進んだ金足農業のように、勝負に徹する学校もある。一方、高嶋監督は人情優先。どちらが良いとか悪いとかではない。これは各学校の高校野球に対する「スタンス」の違い、ひいては各監督の「人生観」の違いなのだ。

勝利のために、「学年問わず力のある選手を使う」という論理的思考も一理ある。でも、個人的には、勝負に徹することができず、つい情に流されてしまう”人間味”のある高嶋監督が大好きだった。後任の中谷仁さんも、「少数精鋭&3年生は全員出す」という方針は継続してほしいと思う。


高嶋仁監督から学んだこと

高校野球は教育の一環。義理人情を大切にする。