人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

一流になれなかった元アスリートのブログ。憧れの存在であるトップアスリートの「思考・行動パターン」を真似したくて日々奮闘中。

【内川聖一】2000本安打が清宮選手の初ホームランと重なってしまった、遅咲きの努力家

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※ 写真は「デイリースポーツ」より

5月9日にプロ野球史上51人目の2000本安打を達成した、ソフトバンク内川聖一選手。この記念すべき日が、なんと日本ハムのスーパールーキー・清宮幸太郎選手のプロ入り初ホームランと重なってしまった!

でも、プロ野球でホームランを1本打っている選手なんてたくさんいるわけで、名球会入りとどっちが価値があるかなんて、改めて言うまでもない。翌日のスポーツ紙の一面は当然、「内川2000本安打達成」の一色かと思いきや・・・

スポーツニッポン →「清宮」 
日刊スポーツ →「清宮」
スポーツ報知 →「清宮」 
サンケイスポーツ →「清宮」
東京中日スポーツ →「吉見」 
デイリースポーツ →「メッセンジャー

 
東京都内のスポーツ紙では、なんと内川一面はゼロ!トーチュウはドラゴンズのお抱え紙だし、デイリーは常にぶれないのがいいところでもあるからまあよしとして、あとの4紙には本当にガッカリだ。これが「営業判断」というやつなのだろうか。

入団8年目でようやくレギュラーに定着した”遅咲きの努力家”が、18年かけて成し遂げた快挙なのに。この日ぐらい、一面は内川選手にして欲しかった。心から残念でならない。

「あの時の悔しい気持ちを思い出した。ちょっと初心に帰れた」

内川選手は高校時代、甲子園には出場していない。大分工業高校で監督を務める父・和博さんと親子鷹で甲子園を目指したが、3年夏は県大会決勝で敗退。上記の言葉は、当時の「準優勝のメダル」を久しぶりに見たときのコメントである。

目前で夢が破れた悔しい思いをバネにして、ここまで頑張ってきたのだ。スポーツを観戦している人は、どこか自分自身を選手に重ねて見ているところがあると思う。インターハイに行けなかったり、大学に落ちて浪人したり、同じように若いときに挫折を経験した人は、内川選手の野球人生と自分の人生を重ねて、今回の快挙を喜んでいる人が多いのではないだろうか。

と、ここまで書いていて、ふと小松大谷高校ナインのことを思い出した。2014年石川県大会決勝、8-0でリードして迎えた9回裏に、星稜に9点を取られて8-9でサヨナラ負け。ほぼ手中に収めていた甲子園の切符を逃してしまった。あのときの3年生は、今どうしているだろう。

内川選手のように、いつかこのときの準優勝メダルを眺めて、「甲子園には行けなかったけど、あの悔しさがあったから◯◯できた」と言えるような人生を歩めますように。 


内川聖一選手から学んだこと

若いときの挫折は、人生の宝物になる。