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【神野大地】「山の神」がコニカミノルタを退社して、プロランナーに転向

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※ 写真は「スポルティーバ」より

<陸上>神野大地が退社、プロ転向「東京五輪ラソン挑戦」(4/26 毎日新聞より)

実業団陸上のコニカミノルタは26日、神野大地(24)が4月30日付で退社すると発表した。2020年東京五輪を目指し、プロに転向する意向という。神野は「恵まれた環境から離れることは大きな決断だったが、東京五輪にマラソンで出場する目標達成のため、チャレンジしてみたいと思った」とコメントした。
 神野は青学大在学中、箱根駅伝の山上り5区で活躍して「3代目・山の神」と呼ばれた。16年にコニカミノルタ入社後は全日本実業団対抗駅伝ニューイヤー駅伝)で1年目からエース区間の4区を走るなど活躍した。マラソンの自己ベストは、今年2月の東京マラソンの2時間10分18秒。


先日のボストンマラソンで優勝した川内優輝選手(埼玉県庁)に続いて、神野大地選手(コニカミノルタ)もプロ転向を表明!安定した環境を捨てて、すべて自分の責任でチャレンジしたいとのこと。2年後に迫った東京五輪の切符を獲るために、自ら”イバラの道”を選んだ形となった。

この発表直前に発売された『ランニングマガジンクリール』2018年6月号に、神野選手と中野ジェームズ修一さんの対談が載っていたのだけど、その中で本人が繰り返し語っていたのが「自分には才能がない」ということだ。

「もともと僕は、才能で勝ち上がってきたというよりは、人よりも練習して、努力して・・・と今までやってきました」
「みんなと同じ練習では、人よりも才能がない分、みんなと同じレベルにも到達できないし、良い結果は出せない」
「僕はもともと走りのバランスが良くなかったし、体幹も強い方ではありませんでした」
「フィジカルトレーニングなしでは、上には行けない」
「自分は一歩一歩を積み重ねていく選手だと思うんです」


エリートランナーでよく聞くのは、「昔から足が速かった」「学校のマラソン大会は毎年優勝」「助っ人で出た駅伝で区間賞」というようなパターンである。でも、神野選手は中京大中京高校に入学した当時の3000メートルの自己ベストは10分台。同級生の清田真央選手(スズキ浜松AC)の方がタイムが速かったらしい。

清田選手は、中学時代から愛知県内でトップレベルだったので”普通の女の子”ではないけれど、それでも陸上の長距離で男子が女子に負けるのはショックだと思う。「3代目・山の神」と呼ばれた山登りのスピードは、決して生まれ持った(先天的な)ものではなく、努力によって手に入れた(後天的な)ものだということがよくわかる。

クリールの記事を読んでいて、ふと頭に浮かんできたのが、スピードスケートの長島圭一郎選手の言葉である。バンクーバー五輪スピードスケート男子500メートルで銀メダルを獲得した彼は、15年に一度引退したが、平昌五輪を目指して現役復帰。そのときの記者会見で次のように言っていたのだ。

「子どものころから金(メダル)を取れると思っていて、銀(メダル)しか取れなかった。自分に才能がなかったという気持ちを確認することはつらいことだったが、(才能が)ないならないなりに、またチャレンジしたいと思った」。

自分に才能がないことはよくわかっている。それでも夢を諦められないから、一流企業(日本電産サンキョー)の安定した立場を捨てて、フリーになってでも平昌五輪に挑戦したい。このときの長島選手の思いの強さ、今の神野選手から似たようなものを感じずにはいられない。

自分に才能がないことや、自分ができないことを理解したうえで、結果を出すにはどうすればいいかを考えて行動する選手は本当に魅力的だと思う。川内優輝選手といい、これから応援したいプロランナーがまた一人増えた。

 

神野大地選手から学んだこと

自分に才能がないことを理解したうえで、結果を出すためのベストな方法を考える。