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【川口悠子】ロシア代表として、バンクーバー五輪でペア4位になったスケーターが引退

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(※ 写真はNumber Web より)

フィギュア川口悠子、引退へ ペアで五輪4位(9/25 朝日新聞デジタルより)

 フィギュアスケートのペアでロシア代表として2010年バンクーバー五輪に出場し、4位に入賞した川口悠子(35)が引退を決めたと、ロシア・フィギュアスケート連盟が22日、ホームページで発表した。ロシア・タス通信によると、川口のコーチは「平昌五輪代表に選ばれるのが難しくなり、引退を決めた」と話している。
 愛知県生まれの川口は06年からロシア人の男子選手、アレクサンドル・スミルノフとペアを組み、09年にロシア国籍を取得。バンクーバー五輪4位入賞のほか、09年と10年の世界選手権で銅メダル、欧州選手権でも10年と15年に優勝した。川口は14年のソチ五輪で引退する意向だったが、ソチ五輪には出場できず、現役を続けていた。


2017年10月7日、フィギュアスケートの本格的なオリンピックシーズンの幕開けとなる『ジャパンオープン』が開催された。今季はシニア初参戦となる本田真凜選手(関大高)が注目されているが、戦いの舞台に上がってくる選手もいれば、去っていく選手もいる。

ロシア代表として、バンクーバー五輪のペアで4位入賞を果たした川口悠子選手が、このたび現役引退を決めたとのこと。パートナーのアレクサンドル・スミルノフ選手のケガによりソチ五輪は断念し、その後も現役を続けていたが、今度は自身がアキレス腱を断裂。平昌五輪の出場が厳しい状況になり、氷上を去る決意をしたようだ。

2009年、五輪出場のためにロシア国籍を取得。同じように国籍を変更してオリンピアンになった例としては、リオ五輪男子マラソンにカンボジア代表として出場した猫ひろしさんがいる。

彼は日本よりも競技レベルが低く、弱い立場にあるカンボジアの”特別枠”を行使したことで物議を醸したが、川口選手はフィギュア大国・ロシアでのハイレベルな代表争いを勝ち抜いての五輪出場。実力で文句を言わせない。なんてカッコいい生き様なんだろう!

なでしこジャパンの川澄(カワスミ)奈穂美選手ならぬ、川口・スミルノフの「川スミペア」で個人的に最も印象に残っているのは、バンクーバー五輪のフリーで”スロー4回転サルコウ”を回避したことである。

直前にコーチに指示され、気持ちの切り替えができないまま臨んだ本番は、安全策のはずの3回転で右手をつく着氷失敗。SPは3位だったがフリーは7位、総合4位でメダルを逃してしまった。

スポーツに「たら・れば」は禁物だと言われる。それはわかっているけど、「もしあのとき4回転にチャレンジしていたら・・・」と思わずにいられない。安全策で銅メダルが獲れていたら結果オーライだったが、4位だから余計に切ない。本人たちもやりたかっただろうし、ファンとしても見たかったなぁと今でも思う。やっぱり人生は「やらない後悔」より「やって後悔」の方が、諦めもつくし納得できるのだ。

川口選手は来月、36歳の誕生日を迎える。同級生のトリノ五輪女子シングル金メダリスト・荒川静香さんが24歳で引退したことを思えば、干支一回り分長く現役生活を続けたことになる。ペアやアイスダンスの選手はシングルよりも息が長いと言われるけれど、異国の地で数々の苦労や怪我を乗り越えて、これは本当に凄いことだ。

競技と並行してサンクトペテルブルグ国立大学を卒業し、日本語・英語・ロシア語のトリリンガルとのこと。引退後も語学力を生かして、日本とロシアの架け橋となるような存在でいてほしい。川スミペア、長い間お疲れ様でした!

 

川口悠子選手から学んだこと

「やらない後悔」より「やって後悔」。