人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【渡部香生子】ユニバとインカレで平泳ぎ2冠、笑顔の再出発!

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(※ 写真は、早稲田大学 競技スポーツセンターのHPより)

渡部香生子2冠で自信回復「リオ後は辞めて仕事に就こうかと…」(9/3 デイリースポーツより)

◇「競泳・日本学生選手権」(3日、大阪・東和薬品ラクタブドーム)
 女子200メートル平泳ぎ決勝が行われ、15年世界選手権金メダルの渡部香生子(20)=早大=が2分24秒22で優勝し、100メートル平泳ぎに続いて2年ぶりの2冠を達成。「1年生以来の2冠なので、タイムはもう少し出したかったけど、すごくうれしい」と声を弾ませた。
 低調に終わった昨夏のリオデジャネイロ五輪後は専属コーチの指導を離れ、早大の一員として再スタートした。今夏の世界選手権代表は逃したものの、8月のユニバーシアード大会で3冠を達成。自信も取り戻しつつ有り、「リオ五輪後はどん底で『もう水泳を辞めて仕事に就こうか』と考えた時期もあったが、また水泳を楽しめている」と前向きに話した。
 2年前に世界女王となった200メートル平泳ぎについても「この種目で世界(のトップ)を経験してきたし、色んな思い出がある。一時期は嫌いになったが、自分にはこの種目の存在が大きい」と、世界への挑戦をあらためてアピールした。


「若いときには、そういう淋しく厳しい時期を経験するのも、ある程度必要なんじゃないかしら。つまり人が成長する過程として。樹木がたくましく大きくなるには、厳しい冬をくぐり抜けることが必要なみたいに。いつも温かく穏やかな気候だと、年輪だってできないでしょう」。

これは村上春樹さんの『女のいない男たち』に出てきたフレーズである。「渡部香生子」というスイマーも、厳しい冬(うまくいかない時期)をくぐり抜けて、木の年輪のように一年一年、確実に成長している。たくましくて、大きな選手になるためにー。

15年世界選手権の「200メートル平泳ぎ金メダリスト」として臨んだリオ五輪は、準決勝敗退。昨年12月には、陸上でのトレーニング中に右足首を捻挫。歯車がうまく噛み合わない日々が続き、「東京五輪なんて絶対に出たくない。大学までで水泳は引退して、何か別の仕事でもしようかと考えた時期もあった」。

それでも、同じ早稲田大学水泳部の坂井聖人選手や渡辺一平選手らが世界の第一線で戦う姿に刺激を受け、「このままだと何も残らない。自分のためにも周りの人のためにもならない」と奮起。今季は世界選手権の出場を逃したが、8月のユニバーシアードと9月のインカレで平泳ぎ2冠。「こういう結果が久しぶり。なんか、全部が吹っ切れた感じ」。

かつては”岩崎恭子さんの再来”とも言われた天才スイマーが、どん底から脱出し、東京五輪を目指して笑顔の再出発。水泳ファンにとっては、本当に嬉しいニュースである。

のちのちのことを考えれば、
挫折がある方がストーリーは面白くなる。
全部が順調な人って、応援したくなくなってしまう。
挫折がないからストーリーに起伏がないし、
心配もないから、応援しなくても大丈夫だと思ってしまう。
(逆転力 ~ピンチを待て~/指原莉乃) 

 
中学2年生で頭角を現した渡部選手は、大学3年生となった現在まで、常に周囲から記録や結果を求められてきた。ずっとフラットな道を走って(大会に出るたびに)、安定したラップを刻めれば(期待に応えられれば)いいのだが、ほとんどのマラソン大会のコースがそうであるように、人生にもアップダウン(思うようにいかない時期)があるのだ。

そんなとき、「この状況から何を学べるか」を考えられる人だけが、再浮上・再ブレイクすることができる。リオ五輪200メートル平泳ぎで金メダルをとった金藤理絵選手(Jaked)は、北京五輪は7位。その次のロンドン五輪は、出場することすら叶わなかった。3度目の五輪でようやく咲かせた大輪の花。このように、挫折のある選手は応援したくなる。

ロンドン、リオを経験した渡部選手にとって、2020年の東京は3度目の五輪。このまま埋もれてしまうのはあまりにももったいない。試練と向き合うたびに、アスリートは強くなる。金藤選手と同じパターンを踏襲してほしい。

 

渡部香生子選手から学んだこと

人生はクロスカントリー。逆境や苦難はたくさんのことを教えてくれる。