人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

一流になれなかった元アスリートのブログ。憧れの存在であるトップアスリートの「思考・行動パターン」を真似したくて日々奮闘中。

【大藤敏行】2009年「夏の甲子園」を制した前中京大中京監督が、ライバル校の享栄へ

f:id:skipp-beat:20170923192937j:plain

(※ 写真は、メ~テレ・佐藤裕二アナウンサーのブログより)

中京大中京・大藤前監督、享栄の「顧問」就任へ(9/21 日刊スポーツより)

 中京大中京(愛知)の大藤敏行前監督(55)が来年4月から享栄(愛知)の野球部顧問に就任することが20日、分かった。
 享栄の関係者は「4月から教員として着任する。顧問の1人として野球部に携わってもらう」と説明。将来は監督に就任する予定で、同じ県内の強豪への転出は異例。00年のセンバツを最後に甲子園から遠ざかっている享栄で、76歳と高齢になった柴垣旭延監督をサポートする。大藤氏は09年夏に中京大中京を43年ぶりの優勝に導き、10年夏の甲子園大会後に監督を退任、顧問に就任した。今年の第28回U18W杯(カナダ・サンダーベイ)ではヘッドコーチを務め、次のU18高校日本代表監督の有力候補に挙がっている。


堂林翔太選手(広島カープ)を擁して09年夏の甲子園を制した中京大中京の大藤敏行前監督が、来年4月から享栄高校の野球部顧問に就任することになった。

先日、ハンマー投げ室伏広治さんが「ミズノ→アシックス」に転職したように、優秀な人がより条件のいい同業他社に引き抜かれるのはビジネスの世界ではよくあることだが、高校野球で、同じ県内のライバル校に移るというのはかなり珍しい。

プロ初登板でノーヒットノーランを達成した近藤真市さん(中日ドラゴンズ)の母校として知られている享栄は、中京大中京・東邦・愛工大名電とともに「愛知私学4強」と呼ばれてきたが、00年春のセンバツを最後に甲子園から遠ざかっている。

享栄にも監督を務められそうなOBがたくさんいるはずなのに、批判されることを覚悟の上でライバル校の優秀な指導者を引き抜いた。もうなりふりかまっていられないということだろう。

大藤さんは中京大中京のOBで、10年夏の甲子園大会後に監督を退任し、現在は「野球部顧問」という位置づけになっている。まだ定年でもないのに、全国優勝をした1年後に監督を辞めさせられたというのは、なんだか不可解な気がしないでもない。中京大中京は自らの母校でもあり、当然愛着もあるはずだが、「現場に立ちたい」という思いが勝ったのかもしれない。

大垣日大(岐阜)の阪口慶三監督がかつて東邦で指揮をとっていたときに、県大会で1回戦負けした際、様々な代のOBから連夜の呼び出しを受けて、「あそこはバントだろ」「なんでスクイズしないんだ」などと色々な意見を頂戴したと言っていた。「天下の名門には姑がいっぱいおったからね(笑)」。

中京大中京も、春30回、夏28回の甲子園出場を誇る伝統校。姑の数(外野の声)はかなり多かっただろうし、気苦労があったと想像できる。

このニュースの中で、個人的に注目したのが「大藤氏はU-18日本代表次期監督の有力候補で、任期が切れる2年後に柴垣監督の後を引き継ぐ見通し」という部分だ。U-18云々というのはきっと建前で、正式に監督を務めるのは2年後からにしたのは、中京大中京の現1・2年生への配慮ではないだろうか。

全国制覇の経験を持つ大藤さんのことを慕って、入学してきた球児もいたはず。来年から直接指導することはできなくなるけど、彼らが卒業するのを待ってから、ライバル校で本格的に辣腕を振るう。ときには周囲の人に不義理をしてしまうような形になっても、「最低限の配慮」をすることは大事だと思った。

 

大藤敏行さんから学んだこと

周囲に不義理をしてしまうときも、最低限の配慮はする。