人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【鳥谷敬】祝・阪神の生え抜きでは2人目の通算2000本安打達成!

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(※ 写真は朝日新聞デジタルより)

鳥谷 感無量 甲子園で決めた「ファンの方の声援が後押ししてくれた」(9/8 スポーツニッポンより)

セ・リーグ 阪神―DeNA(2017年9月8日 甲子園)
 阪神鳥谷敬内野手(36)が8日、甲子園球場で行われたDeNA18回戦でプロ野球史上50人目となる通算2000本安打を達成した。
 本拠・甲子園球場が大歓声に包まれた。2点を追う2回。1死一塁で鳥谷が打席に向かう。通算1999安打と大台に王手をかけて臨んだその第1打席、井納からライナーで右中間を破る適時二塁打を放った。
 「打ったのはフォーク。いつもと変わらず後ろの打者につなぐつもりで打席に入った。打席に入った時の歓声が凄かったですね。ファンの方の声援が後押ししてくれました」
 拍手喝采を浴びた鳥谷はヘルメットを取って歓声に応えると、早大で二遊間を組んだ1年後輩のDeNA・田中浩、2000安打を達成している福留から花束を贈られ、笑みを浮かべた。  


阪神鳥谷敬(たかし)選手が、9月8日のDeNA戦で史上50人目の通算2000本安打を達成!タイガースの選手が、甲子園球場で偉業を成し遂げたのは初めて。たまたまこういう巡り合わせになるところが、「持ってる男」ってかんじである。

入団2年目からレギュラーになり、実働14年目での到達は、日本人ではプロ野球最速タイ。エリート街道を歩んできたように見えるが、本人は2000本安打は目標にも、考えたことも、打てるとも思っていなかったそうで、「毎日試合に出て、一本打てたらもう一本という感じでやったのがこの数字になった」

ゆずの北川悠仁さんが、今年デビュー20周年の節目を迎えた際に、「大きい志は昔からなく、ただ一日でも長くゆずをやっていたいとしか思っていなかった」と語っていたけれど、長きに渡って第一線で活躍している人は、意外と「目の前の一日を精一杯過ごすこと」しか考えていないのかもしれない。

早稲田大学の同級生で、今年6月に一足早く2000本安打を達成した青木宣親選手(メッツ)が祝福のコメントを寄せていたのだが、鳥谷選手の学生時代の印象は、「とにかく(同期の中でも)突出していた。それなのに誰よりも練習し、野球に対する意識が人一倍強かった」。

1年春からレギュラーの座をつかんだ鳥谷選手に対して、青木選手が頭角を現したのは3年春から。人間は「かなわないな」と思う人に出会うと、その差を埋めるための努力や工夫をするようになる。”突出した同期”の存在は、のちのメジャーリーガーに大きな影響を与えたはずだ。

誰にとっても、優先順位の決定はそれほど難しくない。
難しいのは劣後順位の決定、なすべきでないことの決定である。
(創造する経営者/ピーター・F・ドラッカー


鳥谷選手は大学時代、2年春に3冠王を獲得。しかし、直後の秋のリーグ戦では他校の厳しい攻めに遭い、打率も2割台で、ショートのベストナインも東大の選手に獲られてしまった。それが相当悔しかったらしく、「こんな生活をしていてはダメだ!」と一念発起。寮の部屋のテレビや、野球以外の日用品をすべて押し入れの中にしまって、人の3倍くらい練習するようになったそうだ。

当時からストイックで、今も趣味は「トレーニング」。キャンプ中は午前5時前には起床し、シーズン中は試合開始6時間前から準備を始める。「何かを犠牲にできる選手じゃないと、一流にはなれない」ことを、自らの名球会入りで証明してみせた。

 

鳥谷敬選手から学んだこと

人生の目標を達成するために、「やらないこと」を決める。