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優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【渡邉裕規】「Bリーグ初代王者」に貢献したバスケ選手が29歳で引退

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栃木・渡辺裕規が引退!田臥支えた副将、29歳若さで(6/28 日刊スポーツより)

 Bリーグ初代王者栃木ブレックスは28日、宇都宮市の栃木県庁内で会見を開き、元日本代表のポイントガード、渡辺裕規(29)の現役引退を発表した。
 渡辺は「今シーズンをもちまして引退します。4年前に(前所属の)パナソニックが廃部となってこのチームに来たときから、この年で終わろうと思っていた。30歳というのは少なからずあった。この先が長いと思っていた。この先、いろんなことを経験した方がいいと思ったのでこのタイミングで引退を決めた」と話した。
 渡辺は世田谷学園高から青学大に進み、卒業後はパナソニックトライアンズで13年全日本総合選手権優勝。13年に栃木入りし、今季は、田臥勇太の控えのガードとしてチームを支えた。激しい守備と3点シュートで初代王座獲得に貢献した。レギュラーシーズン全60試合とプレーオフ6試合に出場。「この4年間、プレーオフで負けた悔しさとか、自分の不完全燃焼への思いとか、最後のシーズンですべてが精算できた。プレーオフに入ってからのブレックスアリーナや代々木第1体育館でのファンの光景とか、そういう光景を見ることのできない選手が多い中で、その光景を見させていただいた。幸せに思えるようなプレーオフだった」とすがすがしい表情で話した。


Bリーグ初代王者に輝いた、リンク栃木ブレックスポイントガード・渡辺裕規(ひろのり)選手が、このたび現役引退を表明した。現在29歳。サッカーの中田英寿さんが引退した年齢と同じである。あのとき、ヒデに対して「まだできるのに」「もったいない」と思ったサッカーファンはたくさんいたと思うが、似たような思いを栃木のファンは抱いているかもしれない。

もし39歳だったら、「今までよく頑張った」「お疲れ様」となるのだけど、29歳なら体力的にもまだあと数年はプレーできるはず。チームメイトの田臥勇太選手は36歳だし、折茂武彦選手レバンガ北海道)なんて47歳でまだ現役として頑張っている。そんな中で、渡辺選手がバスケ人生に終止符を打つことにした理由とはー。

今から4年前、当時の所属チームであるパナソニックが廃部になり、栃木に移籍。それまでは”社員選手”だったのに、”プロ選手”という扱いになった。その際に、「大企業のチームであっても安泰はないんだな」と感じ、「30歳を前にやりたいことを見つけたい」と思ったのだそうだ。

個人的に、数年前に勤めていた会社が突然、吸収合併されるという憂き目に遭ったことがある。そのとき、今後の人生のキャリアについて、今までで一番真剣に考えた。これは、自分の力ではどうにもならない大きな社会の渦に飲み込まれて、自らの無力さを思い知り、危機感を抱いたからだと思う。だから、渡辺選手が陥ったシチュエーションには、どこか自分を重ねて共感してしまう。

トップアスリートは、「現役時代はとにかく競技のことだけを考えている人」と、「現役時代からその後の人生設計を考えている人」、2通りに分かれると思う。

目の前にあまりにも大きな目標があって、競技以外のことには興味が持てない。だから生活や青春をすべての一点に捧げる、というのも一つの生き方だし、中田英寿さんのように「サッカーしか知らない人間にはなりたくない」と、練習の合間に語学や会計の勉強をするのも一つの生き方だ。どちらが正しいということはない。

渡辺選手は、パナソニックのチームがなくなり、ブレックスから話をもらうまで少し時間があったそうで、きっとそのときに後者のタイプになって、今後のライフプランを考えたのだろう。引退は最近思い立ったことではなく、けっこう前から意識していたらしい。

「この4年間というのは、プレーオフに出て、アイシンに負けて、東芝に負けてといういろいろ苦しい思い出だった。だが、最後のこのシーズンで全てその悔しさを整理できた」。

現役生活をハッピーエンドで、幸せな気持ちで終えられて本当によかった。Bリーグもチームも、まだまだこれからというときにいなくなってしまうのは寂しいけど、また違った形で日本のバスケットボール界に貢献してほしい。渡辺選手、今までお疲れ様でした!


渡邉裕規選手から学んだこと

転職や移籍は、自分の人生を真剣に考えるきっかけになる。