人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【伊藤涼太】26歳になった元天才少年が、3年ぶりにツアーに出場

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伊藤涼太が再起へ3差 元天才少年もケガで苦しむ(5/26 日刊スポーツ)

<男子ゴルフ:ミズノ・オープン>◇第1日◇25日◇岡山・JFE瀬戸内海GC(7404ヤード、パー72)◇賞金総額1億円(優勝2000万円)
 伊藤涼太(26=フリー)が6バーディー、3ボギーの3アンダー69で回り、20位ながら首位と3打差の好位置につけた。12歳でのツアー史上最年少出場など、アマチュア時代に輝きを放った“元天才少年”。ケガに端を発した深刻な不振から再起を誓い、13年のプロ転向後2試合目となるレギュラーツアーで上位を目指す。
 久々のレギュラーツアーに伊藤涼は「やっぱりいいですね」と笑った。課題の第1打は乱れたが、16番で10メートルのバーディーパットを入れるなどカバーした。
 アマチュア時代に出場したプロの試合は45を数える。「体ができていない状況で試合に出過ぎて、練習量も増やして…」。左の股関節に水がたまり、日常生活にも支障が出た。3カ月間、一切クラブを握らず、完治に向けた地道な取り組みが始まったのは高校生の頃。ケガが癒えても苦しみは続く。「かばって打つスイングが染み付いてしまっていた」。主催者推薦の打診を「今出ても通用しない」と断る一方、ミニツアーで感覚を取り戻そうともがいた。大学時代は米国やタイへ武者修行にも出向いた。
 昨年は初めて最終予選会まで進むなど、少しずつ前進。「ゴルフをやめようと思ったことは、しょっちゅうある」と笑った後で続けた。「まだ若いんで、限界まで頑張りたい。やめるのは簡単なんで」。精悍(せいかん)な顔で誓った。 


先週、男子ゴルフ『ミズノ・オープン』の新聞記事を読んでいて、懐かしい名前を見つけた。12歳でツアー最年少出場、15歳でツアー最年少トップ10入りを果たすなど、「スーパージュニア」「スーパー中学生」と呼ばれていた伊藤涼太選手。今大会は、3年ぶりのレギュラーツアー出場だったそうだ。

スポーツの世界で若くして注目を集めた選手が、その才能を開花させられずに消えていく例はいくらでもある。伊藤選手は、高校1年の夏以降、怪我や感覚のズレもあって低迷。直後に石川遼選手が出てきたこともあって、徐々に名前が聞かれなくなっていった。でも、ゴルフ界から完全に「消えて」はいなかったのだ!

2009年から3年間は、大会推薦出場のオファーが届いても「結果が出ないことが分かっていたので、出たくなかった」と辞退。一方で、国内のミニツアーには積極的に参戦したり、海外へ武者修行に出向くなど、自分の身の丈に合った環境で競技と向き合ってきた。

もうゴルフをやめようー。ゴルフだけが人生じゃないー。眩いほどのスポットライトを浴びた経験があるからこそ、反動でこのような心境に至ってもおかしくない。でも、「まだ若いんで、限界まで頑張りたい。やめるのは簡単なんで」

5月6日放送のTBS『バース・デイ』で、女子ゴルフの森田理香子選手の特集があった。2013年の賞金女王はイップスに悩み、昨年シード権を喪失。「辞めたら楽になれるってずっと思って・・・でも結局また練習してる自分がいるんです。諦められなくて」。

かつての華やかな舞台からは離れてしまっても、自分自身と葛藤しながら、もがきながら、ゴルフを諦められないでいる二人のことを「見苦しい」とは思わない。むしろ、簡単にスパッと辞められない、割り切れないところが、人間らしくって「好ましい」と思う。

名前が知られているだけに、気持ちと体がうまくかみ合わない状態でプレーをするのは辛い部分もあるだろう。でも、それを乗り越えるのも人生の醍醐味だ。伊藤選手と森田選手はともに1990年生まれ。まだまだ先は長い。時代はいつだって新しいスターを求めるけど、いつまでも二人の名前を忘れないで、陰ながら応援していたい!

 

伊藤涼太選手から学んだこと

何でも辞めるのは簡単。乗り越える過程に人生の醍醐味がある。