人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【佐藤由規、松坂大輔】「速球派」から「技巧派」へ

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ヤクルト・由規、四回途中KO…「ふがいなさと悔しさがある」(5/6 サンケイスポーツより)

セ・リーグ、DeNA6-1ヤクルト、7回戦、DeNA4勝3敗、5日、横浜)ヤクルト・由規投手(27)は5日、DeNA戦(横浜)に今季初先発。3回1/3を投げて6安打3失点で黒星を喫し、昨年8月4日の広島戦(神宮)以来の勝ち星とはならなかった。「真っすぐがよくなってきているのは感じるけど、出し切れなかった。スライダーに頼りがちになってしまった。ふがいなさと悔しさがある」。制球に苦しみ、一回一死満塁で宮崎に押し出し四球を与え、先制を許した。その後も2点を失い、四回一死三塁で降板した。
 チームは今季ワーストタイの借金7で、3度目の3連敗。「制球できていない感じ。良くなる雰囲気もなかった」と真中監督の由規に対する評価は厳しかった。6日に出場選手登録を抹消されて2軍で再調整。再び1軍のマウンドを目指す。


2007年、中田翔選手(大阪桐蔭日本ハム)、唐川侑己選手(成田→ロッテ)とともに「高校ビッグ3」と呼ばれた由規選手。3年夏の甲子園で155キロをマークし、10年には当時日本人最速となる161キロを出すなど、”豪速球投手”として名を馳せたが、13年オフに右肩を手術。その後も状態は上がらず、育成選手への降格を経て、再び一軍のマウンドに戻ってきた。

現在は、自身の最高球速からは10キロ以上ダウンしてしまったが、それでも150キロ近くは出ているのだから、他のピッチャーと比べるとまだまだ速いと思う。ただ、昔ほど球威で押せなくなった分、どうやってバッターを打ち取るかを色々と模索しているようだ。 

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4月27日発売の『Sports Graphic Number』の「松坂世代」特集は、読んでいて心に沁みるものがあった。野球界を一世風靡した彼らも、今年37歳。現在の置かれた立場を物語っているような、表紙の松坂大輔選手の顔が切なすぎて・・・。

9年前に初めて右肩に違和感を覚え、無理がたたって右ヒジの靭帯を損傷。11年にトミー・ジョン手術を受けた。それでも肩の痛みは消えず、一昨年、ついにメスを入れる決断をする。

それ以降、痛みの出ない投げ方を探すようになってしまい、かつてのような150キロを超えるストレートが投げられなくなった。そして今、抑えるために動くボールを駆使するなど、新しいピッチングスタイルを模索中とのこと。

由規選手や松坂選手のような経緯を辿ると、「”速球派”から”技巧派”に転身」と表現される。でも二人の意識の中では、厳しいプロの世界で生き残るために、そして大好きな野球を少しでも長く続けるために、今の自分ができることを精一杯やっているだけなのだと思う。

松坂選手は高校時代、同世代の頂点に君臨していたし、由規選手も「高校ビッグ3」の一員だった。常に周囲からは「目標にされる存在」だったから、いつまでも「昔のイメージまま」でいてほしいと思ってしまう。でも現実は体がついてこなくなった。このことに悔しさやもどかしさを一番感じているのは、他でもない本人たちなのである。

給料泥棒、不良債権、太りすぎ・・・etc。外野の声は、きっと耳に届いているだろう。それなりの結果を出さないといけない立場であることも事実。でも彼らも人間で、傷つき苦しみながら、それでも野球を諦めないで少しずつ前に進んでいる姿を見ていると、個人的にはそこまで揶揄する気にはなれないのだ。

かつて甲子園やWBCでたくさんの感動をもらった身としては、追い討ちをかけるようなことは口にしないで、これからも応援に徹したいと思う。肩の手術を受けても、ここまで投げられるようになるんだということを証明してほしい。

佐藤由規選手&松坂大輔選手から学んだこと

全盛期の力を取り戻せず、一番悔しい思いをしているのは本人。