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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【伊藤一志】元医師・東大40歳右腕が、憧れの神宮デビュー!

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医師から夢の神宮へ…東大40歳オールドルーキー、ホロ苦デビューも大拍手(4/15 スポーツニッポンより)

東京六大学フレッシュリーグ 東大―慶大(2017年4月15日 神宮)
 40歳の異色投手、東大の伊藤一志がフレッシュリーグの慶大戦に先発、神宮のマウンドを踏んだ。
 このリーグは基本1、2年生が出場するが、東大は部員数の関係もあり3、4年生も出場できる特別処置。3年生の伊藤は立ち上がり杉本に右前打を許すと、バックの守りのミスもあり打者9人、2安打3四球の4失点(自責点1)1イニング36球でマウンドを降りた。
 ストレートは100キロ台と球威不足は否めず、コントロールにも苦しんだ。しかし東大で野球がしたいと、医師として病院勤務をしながら受験勉強に再度取り組み38歳で入学。野球経験がほとんどない中“神宮デビュー”までこぎつけた努力は評価に値する。リーグ戦への道は厳しいが、オールドルーキーの今後が楽しみだ。


今から約20年前、東京六大学野球で「東大が法大から勝ち点を挙げるシーン」をテレビで見て、憧れを抱いた高校生がいた。自分も東大野球部に入って、神宮のマウンドに上がりたいー。

その夢を叶えたのは、東京大学3年生・伊藤一志選手。この写真は若々しく見えるのだが、なんと御年40歳!『ボキャブラ天国』でお笑いコンビのBOOMERが「遅れてきたルーキー」と呼ばれていたけど、まさに「オールドルーキー」である。

しかも、ここに辿り着くまでの経歴がかなり凄いのだ。愛知県・東海高校 → 一浪 → 慶応大学商学部日本医科大学 → 医師免許を取得(31歳) → 麻酔科医として病院勤務 → 働きながら受験勉強を継続 → 10度目の挑戦で東大文科3類に合格(38歳)→ 野球部に入部 → 憧れの神宮デビュー!(←今ココ)

「東大に入る」「医者になる」「神宮球場のマウンドに立つ」。どれか1つだけでも叶えることは難しいのに、3つすべてを実現した、まるで”ドラマのような人生”である。

東海高校(偏差値75)出身だから地頭がいいのだろうけど、本人の努力やバイタリティにはただただ感服するばかり。本格的な野球経験は、小学生のときと医大時代だけなのに、親子ほど年の離れた仲間と競って、「背番号13」を勝ち取ったことも素晴らしい!

バンクーバー・ソチと冬季五輪2大会連続入賞を果たした、フィギュアスケーター鈴木明子さん。10代の若手が多く活躍する中、彼女が初めてオリンピックに出たのは24歳のとき。引退後の講演で、「私は各駅停車。たくさん特急に抜かれたが、新幹線では見られない景色があった」と語っていたそうだ。

40歳にして、憧れの神宮球場のマウンドに立った伊藤選手は、「40歳で神宮に来たかったわけじゃない。18歳で来たかった。大遅刻ですよ。でも続けてきてよかった」と照れ笑いしていたとのこと。この「大遅刻」という言葉のチョイスが秀逸だなぁと思う。

たしかに、現役で東大に受かって、大学1年生で神宮デビューできれば最短コースで一番よかったのかもしれないけど、20年も遠回りしたからこそ(各駅停車だからこそ)見られた景色があったはず。「まわり道は、情報知識のストックと、人間の幅の拡大には効果抜群」(プロフェッショナル時間術/野村正樹)なのだ。

この日、投げたのは東京六大学野球の「フレッシュリーグ」という1・2年生による新人戦(※東大は特別に3・4年生も出場可能)。より多くの選手に神宮球場でのプレーを経験してもらう目的で行われていて、伊藤選手はその恩恵を受けて夢を叶えた。次は草野球ではなく、マスターズ甲子園でもなく、六大学野球の「リーグ戦」で投げている姿が見たい!

 

伊藤一志選手から学んだこと

各駅停車だからこそ、見える景色がある。