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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【山口剛史】小学校の同級生4人中、3人がカーリングで五輪出場

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山口剛史、人口2500人南富良野町3人目の五輪(4/8 日刊スポーツ)

カーリング:男子世界選手権>◇6日◇カナダ・エドモントン◇1次リーグ
 日本のSC軽井沢クが1次リーグ5勝6敗の7位で男子20年ぶりの五輪出場を決めた。セカンド山口剛史(32)は、北海道南富良野町からラグビーやカヌーで世界を目指した経歴を持つ。だが最後は小中学校の同級生で五輪に出た目黒(現姓金村)萌絵さん、寺田桜子さんと子どものころ一緒にやったカーリングに戻った。廃校になった母校の同級生4人のうち3人目の五輪選手だ。
 山口は同級生に続いた。カーリング女子で06年トリノ、10年バンクーバー五輪に出場した目黒(現姓金村)さんと、トリノ五輪に出場した寺田さん。目黒さんの父で、3人を指導した目黒義信さん(65)は「3人は、驚き。小さな学校でしたが、みんな熱心に刺激し合っていた」と懐かしんだ。94年に町内にカーリング場がオープンし、山口らを小学3年から高校3年まで指導。高校時代の山口はラグビーの練習後、毎日2時間、カーリングの練習をし、目黒さんは「練習のすごさでは彼が一番」。この日は町内でパブリックビューイングが行われ、池部彰町長(67)も「人口2500人の町からこんなに出るとは」と驚き、女子2人に続く南富良野町スポーツ栄誉賞を検討すると明かした。 


カーリング男子の日本代表・SC軽井沢クラブが、来年の平昌五輪の出場権を獲得!日本男子の五輪出場は98年長野大会(開催地枠)以来20年ぶり、自力では史上初とのこと。

そんな快挙を成し遂げたカーボーイズ」(←このように呼ばれているらしい)のセカンド・山口剛史選手は、北海道南富良野町の小さな集落で育ち、小学校の同級生はたった4人。でもそこには、カーリング女子の「チーム青森」で06年トリノ、10年バンクーバー両五輪に出場した目黒萌絵さん、トリノ五輪に出場した寺田桜子さんがいたというから驚きである!

小学校の同級生4人中、3人がオリンピック選手。こんな4人組は、世界中探してもなかなかいないだろう。山口選手は21歳のときに、目黒さんと寺田さんが揃って出場したトリノ五輪をテレビで見て、「次は自分の番だと、五輪への思いが強くなった」そうだ。それから12年、紆余曲折を経てようやく同じ舞台に辿り着いた。

山口選手は小学3年でカーリングを始めたが、学生時代はいろいろなスポーツに取り組んできた。富良野高校ではラグビー部に入り、全国大会に出場。1回戦で五郎丸歩選手がいた佐賀工と対戦し、0-146で完敗した。「吹っ飛ばされた。触ることもできなかった」

大学は強豪・駿河台大のカヌー部に所属。競技を変えて世界を目指したが、3歳年下のリオ五輪銅メダリスト・羽根田卓也選手を見て、「次元が違った。カヌーは間に合わない」。これ以降、カーリング一本に打ち込み、念願のオリンピアンになった。

自分は「Mr.childrenが大好きな市民ランナー」なのだけど、ミスチルのコンサートに行って、桜井さんの凄まじい歌唱力を見せつけられると、「歌手になりたい」なんて口が裂けても言えないし、マラソン大会に出て、先頭で折り返してきたエリートランナーとすれ違うと、「走ることでは食べて行けない」ことを改めて実感する。

つまり、一流の人と接すると、自分ができることとできないことがわかるのである。山口選手も、五郎丸選手や羽根田選手に実力差を見せつけられて悔しかっただろうけど、それによって「カーリングの方が世界に近い」「自分にはカーリングしかない」と気付くことができた。

だから、「圧倒的な才能の前に打ちのめされる」という経験を、若いうちにたくさんした方がいいのだ。「あれもこれもできる」と思い上がっている自分の鼻っ柱をへし折ってくれるような、一流の人と接すること。それによって、「こんな自分にもできることは何か」がわかるようになるのだと思う。


山口剛史選手から学んだこと

一流の人と接すると、自分ができることとできないことがわかる。