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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【設楽啓太、設楽悠太】岐路に立つ兄、成長を続ける弟

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東洋大学時代、箱根路を沸かせた「設楽ツインズ」。小学校から陸上を始めて、大学まではずっと同じチームで走ってきたが、社会人では兄の啓太選手がコニカミノルタ、弟の悠太選手がHONDAと、初めて別々の道を選択。そしてこのたび、啓太選手が退社をしたというニュースが飛び込んできた。

設楽啓太、コニカミノルタ退社…会社は慰留も本人の意向尊重(3/29 スポーツ報知より)

 コニカミノルタ陸上部の設楽啓太(25)が3月末で退部、退社することが29日、同社から発表された。
 東洋大箱根駅伝優勝などに貢献した設楽は2014年に入社。1年目は全日本実業団(ニューイヤー)駅伝でエース区間を任されるなど活躍したが、2年目以降は低迷していた。「本人から環境を変えて心機一転、頑張るために退部したいとの意向が示され、当部は慰留に努めたが、最終的には話し合いの結果、本人に意向を尊重する結論に至った」と同社は説明。4月以降の活動拠点は未定。
 同社広報担当によると、他の実業団チーム移籍のために必要な「退部証明書」が発行されるという。双子の弟で、リオ五輪1万メートル代表の悠太はホンダに所属している。


大学のころは、啓太選手の方が「やや」速かったように記憶しているのだけど、社会人になってからは立場が逆転。15年北京世界陸上リオ五輪と2年連続で世界の舞台を経験した弟に対して、兄は故障もあって思うような成績を残せず。今年1月の『ニューイヤー駅伝』も1区を任されたが、区間28位という不本意な結果に終わっていた。

そんな中、悠太選手が2月の『東京マラソン』で、前半からハイペースで先頭集団の背中を追いかけ、最終的にサブ10でまとめる快走。とても初マラソンとは思えない、積極果敢な走りを見せつけられて、兄としても何か思うところがあったのかもしれない。

一昨日(4月1日)に熊本市で行われた『金栗記念中長距離選抜選手権 』。男子5000メートルに出場した啓太選手は、出場91人中79位。「全然練習できていない中、試合の感覚を取り戻すために出場しました」ということだが、新聞には「移籍先については、見通しが立っていない」と書いてあった。

てっきり次が決まっているものと思いきや、この日着用していたユニホームも普通のNIKEのランシャツ(=企業名なし)だったようなので、本当にまだ何も決まっていないのだろう。一人の陸上ファンとしては、HONDAに移籍してほしいなぁと思ったりもする。この件に関して悠太選手は、「同じチームで競技を続けたい気持ちはありますが決めるのは本人ですのでいい選択ができることを願っています」(※本人のツイッターより)。

5歳からペアを組んできた卓球の「みうみま」コンビは、リオ五輪で明暗が分かれた。団体戦で銅メダルを獲得した伊藤美誠選手に対して、平野美宇選手は出場できず。しかし、悔しさをバネにして、今年1月の『全日本選手権』の女子シングルスを16歳9カ月の”史上最年少”で制した。

このように、アスリートの成長速度は人それぞれ。すぐに結果を出す選手もいれば、芽が出るまでに少し時間がかかる選手もいる。今は、周囲の人から「悠太くんと差がついちゃったね」と言われることがあるかもしれないけど、25歳の現時点で、ランナーとしての”優劣”を決めつけるのは時期尚早というものだ。

3月30日発売の雑誌『Number』に、悠太選手のインタビューが載っていた。東京五輪はマラソンで結果を残したい」ということだ。啓太選手も、駅伝重視のコニカミノルタを退社したということは、将来的にマラソン挑戦を考えているのかもしれない。

リオ五輪の女子マラソンでは、エストニア代表で三つ子のルイク三姉妹(見た目がソックリで見分けがつかない)が揃って出場。スタート直後に3人が横に並んで走っている映像が流れて、視聴者をざわつかせたことがあった。東京五輪の男子マラソンでは、並走する設楽ツインズを見て世界中がざわざわする・・・なんてことを、密かに夢見る自分である。

 

設楽啓太&悠太選手から学んだこと

「人生はマラソンなんだから、100メートルで一等をもらったってしょうがない」(東芝元社長・石坂泰三さんの名言)