人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【高橋大輔、小塚崇彦】その後のフィギュアスケーター

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(※ 写真はスポーツニッポンからお借りしました)

2月10日発売の『日経ビジネスアソシエ 2017年3月号』に、高橋大輔さんのインタビューが載っていた。ビジネスパーソン向けの雑誌で見ると、なんだかいつもと違う感じがするから不思議である。

2014年、ソチ五輪で6位になったのを最後に現役引退を表明。その後、「これから何をすればいいのか」が分からなくなり、約1年間、ニューヨークに語学留学。日本にスケート靴を置いたまま、海外に身を置いて気付いたこととはー。

「ニューヨークは若者が夢をつかみに来る街。明確な目標に向かってすごいスピードで必死にがんばっている人たちを肌で感じ、ある日ふと、このままじゃいけないと思った。僕はここでお金しか使っていない。ここにいてはいけない。とにかく帰国して働かなくてはと。自分にはスケートしかないことにも、改めて気づきました


そして、昨年3月に現役引退を表明した小塚崇彦さん。 4月17日に行われたアイスショーを最後に「氷上を去る」と宣言し、所属していたトヨタ自動車のサラリーマンとして再出発。しばらく氷とは縁のない生活を送っていた。

「フィギュアスケートに恩返しを」小塚崇彦が語る、新たな出発の決意。 - フィギュアスケート - Number Web - ナンバー

あれから10ヶ月。現在の小塚さんの様子が書かれた記事があった。入社後は「強化運動部」という部署で、スポーツと関わる業務を受け持っていたが、「これからは、自分の技術を伝えることで、フィギュアスケート界に恩返しをしたいと考えています」

仕事を通じてさまざまな競技を知り、選手たちと接することができたのは刺激的だったが、フィギュアスケートだったらこうやるのにな」と、知らず知らずのうちに思考回路の主語が”フィギュアスケート”になっていた。そして昨年11月、べトナムでスケート教室をした際に気付いたこととはー。

フィギュアスケートをやっているときも、たくさんの人たちに助けてもらっていたんだな、と実感しました。なのに、フィギュアスケートを終わりにしてしまうのはもったいないなと思いました。これだけ育ててもらえたものを次の世代に、たくさんの人に伝えるのは自分にとっての大切な役割だなと思いました


「現役時代に培ったもので役に立っているのは、”高橋大輔”という名前」と本人が言うように、帰国後の高橋さんの元には、スポーツキャスターやナレーションなど、様々な仕事の依頼が殺到した。今年5月には、歌舞伎とフィギュアスケートがコラボレーションしたアイスショーへの出演も予定されている。

小塚さんは会社と話し合いを重ねた結果、トヨタに籍を置きつつ、フィギュアスケートの普及活動に取り組むことになった。「氷上に戻る」というよりは、「新たな形としてフィギュアスケートに携わる」という意識でいるそうだ。

一人暮らしをして初めて親のありがたみを感じるように、スケートから離れてみて初めてわかることがある。二人とも氷上以外の世界で生きるには、あまりにも名前が大きくなりすぎていたし、何よりもフィギュアスケートの卓越した技術を持っていた。つまり彼らは、「代わりの利かない人間」なのだ!

ニューヨークに語学留学することや、トヨタが主催のスポーツイベントでチケットのもぎりをしたり、人の誘導をしたりというのは「誰にでもできる」。でも、アイスショーに出て、華麗な滑りで観客を魅了したり、子供たちにスケーティングの基礎を教えたりというのは、「高橋さんと小塚さんにしかできない」。だからすごく価値がある。

「その人でないとできないこと」は、セカンドキャリアにも絶対に生かしたほうがいい。需要がある(お客さんが喜んでくれる)なら尚更だ。これからもスケート靴を履いた二人の姿を見られると嬉しい。

 

高橋大輔さん&小塚崇彦さんから学んだこと

代わりの利かない人間になる。