読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【水野晃樹】「鳥栖再生工場」で、もう一花咲かせられるか

サッカー

f:id:skipp-beat:20170217132342j:plain

元日本代表MF水野「もう一花」 新天地・鳥栖に恩返し誓う(2/8 スポーツニッポンより)

 31歳になった鳥栖のMF水野晃樹は新天地で静かに燃えている。「目標は試合に出ること。“出ればできる”と自分では思っています。そして、チームが勝つことに貢献できれば」と力強く言い切った。
 04年に千葉(当時市原)へ入団。後に日本代表を指揮するイビチャ・オシム監督に指導を受け、05年にU―20日本代表に呼ばれるなど実力をつけていった。07年にはU―23、さらにフル代表に初選出され、国際Aマッチに4試合出場。08年からはセルティックでプレーした。
 しかし、10年途中に当時J2の柏に復帰後は前十字じん帯損傷など度重なるケガもあって定位置を保証されず、「常に出ていたのは20代前半。コンスタントに出られていない」。昨オフに仙台を退団して以降は移籍先が決まらず悶々(もんもん)とした日々を過ごした。そこへ届いた鳥栖からのオファーだけに「もう一花咲かせたい」と恩返しを誓う。
 チームには同学年の元日本代表FW豊田、名古屋から加入した1学年上のMF小川と同世代が多い。「そういう部分から溶け込んで、お互いがどういうプレーをするか理解しながらやりたい」。一方でA代表入りが期待されるMF鎌田、FW小野とホープも多く後輩への助言は惜しまないつもりだ。「年齢もある。それをやる(経験を伝える)のも大事」と語る。
 MFのポジション争いはし烈だ。小川はライバルとなり、川崎Fから移籍の原川らとも競う。「まだ、状態は50%ぐらいですよ。こなしていく感じです」と謙遜したが、その目は開幕をしっかりと見据えていた。


まだ現役の選手に対してこういう思いを抱くのは失礼だと思うのだけど、このニュースを聞いたとき、「懐かしい名前だなぁ」と思ってしまった。自分の中では、”オシムチルドレン”としてイケメン&キレキレだったころの印象が強くて(もう10年ぐらい前になるのか・・・)、年齢が31歳という事実にも、正直驚きを隠せない。

そんな水野選手のこれまでのキャリアをみると、やはり「セルティックへの移籍」がターニングポイントだったように思う。「自分の持ち味はスピードで、それを評価されて移籍したはずだった。でも向こうに行ってみると、ディフェンスを抜いたと思ったら長い足が出てきて引っかかり、倒されてしまう。それで悩んでしまった。プレイのキレの良さが自分の長所なのに、”フィジカルコンタクトが激しいから強い体を作ろう”とか、結局は良さを消してしまった

スコットランドのサッカーに適応するために”肉体改造”をした結果、本来の自分の武器である”スピード”や”キレ”が失くなってしまった、ということだ。以前、イビチャ・オシムさんが「日本の長所は、あくせく、すばやく動き回れる点だ。体が小さい分、ぴったり厳しいマークにつくこともできる。日本人としての特性を、自分たちのやり方で生かさねば、もったいない」と言っていたけど、まさにその通り。あのままずっと国内で、オシムさんの下でサッカーができていたら・・・と嘆かずにいられない。

帰国後も、前十字じん帯損傷など度重なるケガに見舞われ、コンスタントに試合に出られなくなった。年齢的にも一番脂が乗っている時期に、「ベンチから試合を眺めるだけ」というのは本当にもったいないことだ。会社をよく休む人が大事な仕事を任せられないように、怪我が多い選手は”チームの戦力”としては計算できないのだろう。

昔、反町隆史さん主演の『GTO』というドラマで、「いいじゃねぇか!お前はお前で!」というセリフがあった。結局のところ、人間は自分以外の何者にもなれない。水野選手はセルティック時代を振り返って、「タイムマシンであの時の自分に会えたら?『自分を信じろ。それがベストだぞ』って忠告してやりますよ。できないことを必死でしようとしていたから・・・」。

自分の武器が何であるかを理解すること。そして、それを一生懸命磨くこと。サッカー選手だけでなく、私たちの人生においても大切にしたい考え方である。


水野晃樹選手から学んだこと

自分の武器を理解して、高いレベルに磨き上げろ!