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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【時天空慶晃】笑顔が優しかったモンゴル人力士、どうか安らかに

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時天空間垣親方が死去 悪性リンパ腫、37歳(1/31 デイリースポーツより)

 大相撲の元小結時天空間垣親方(本名・時天空慶晃、モンゴル名アルタンガダシーン・フチットバータル)が悪性リンパ腫のため31日に死去した。37歳だった。
 同親方は00年にスポーツ交流留学生として東農大に入学。在学中に時津風部屋に入門し、02年名古屋場所初土俵を踏んだ。04年春場所十両に昇進し、同年名古屋場所で、初土俵から12場所の史上最速タイ(当時)で新入幕を果たした。突っ張り、右四つ、投げ、寄り、けたぐりなどの足技を武器に、07年名古屋場所で最高位の東小結に昇進した。16年初場所前に悪性リンパ腫で闘病中であることを公表。復帰を目指して治療に専念したが、願いはかなわず、同年名古屋場所で引退し、年寄り間垣を襲名した。
 現役時代は185センチ、141キロ。生涯成績は548勝545敗56休。幕内では431勝494敗20休だった。 


あまりにも早すぎる死に言葉が出ない。2015年に、貴ノ浪さんが43歳で亡くなったときも衝撃を受けたけど、間垣親方はそれよりも若い37歳。病気発覚から約1年で、まさかこんなことになるなんて・・・。

土俵上ではちょっと強面だけど、たまに見せる笑顔が優しくて、「時天空」という四股名も本当に素敵だったのに。「憎まれっ子世にはばかる」という言葉があるけど、どうしてこんなに素晴らしい力士が亡くなってしまうんだろう。神様はときに残酷なことをするものだ。

モンゴル出身の間垣親方は、最初から角界入りを目指して来日したわけではなかった。モンゴル国立農業大学からスポーツ交換留学生として、東京農業大学に転入。卒業後は帰国し、教員になる予定が、学生相撲の応援で国技館に赴いたところ、横綱朝青龍ウランバートルの柔道クラブの仲間だった)にバッタリ遭遇。その活躍を見て、「相撲部屋に入門したい」という気持ちが芽生えたそうだ。

15年北京世界陸上、男子50キロ競歩銅メダリストの谷井孝行選手(自衛隊)は、高校入学後に長距離を始めたのだが、右すねを故障。リハビリを兼ねて競歩を始めたところ、思いがけず頭角を現した。

08年北京パラリンピック、陸上男子400m(T52)と800m(T52)金メダリストの伊藤智也さんは、入院中に間違えて「陸上競技用の車椅子」を注文してしまい、そこからアスリートとしての人生を歩むこととなった。

間垣親方、谷井選手、伊藤さん、この3人を見ていると、本当に「人生は何がきっかけでどうなるかわからない」ものだなぁと思う。しかも、当初は思ってもいなかった世界に足を踏み入れただけでなく、そこできちんと結果も残すのだから大したものである。

一昨年には北の湖さんが、昨年は千代の富士さん(九重親方)が、ともに60代前半で亡くなった。相撲界は毎年のように訃報が相次いでいる。屈強な力士でも、病気には勝てない。お相撲さんも私たちも健康第一。偶然を味方につけて活躍できるのも、元気な体があってこそ。いつまでも忘れないようにしたい。


時天空さんから学んだこと

人生は何がきっかけでどうなるかわからない。偶然を味方につける。