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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【別所キミエ】69歳のおばあちゃんは、卓球のパラリンピアン

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68歳の別所キミエ、準々決勝敗退 「力を全部出せた」(9/11 朝日新聞デジタルより)

◇リオパラリンピック10日、卓球女子準々決勝
 日本選手最高齢、68歳の別所キミエ(兵庫県障害者スポーツ交流館)が、10日の卓球女子シングルス(車いす)の準々決勝でストレート負けした。過去2大会で越えられなかった「壁」に今大会も阻まれた。「自分の中では、力を全部出せました。けど負けちゃったから、気持ちはスッキリの『ス』ぐらいかな」
 世界ランクが格上の韓国の選手との対戦だった。左右に振った球をことごとく返され、試合は19分で終了。コートを引き揚げる際、顔をぬぐった。「負けて悔しいっていう意味じゃないんですよ。これまで、たくさんの方に応援をいただいて、その気持ちがうれしくて涙が出ました。感謝の涙です」


「別所キミエ」という名前だけではピンとこない方も、このインパクトがある外見は見覚えがあるかもしれない。リオパラリンピックで派手な”蝶々の髪飾り”を振りかざし、見事3大会連続で5位入賞を果たした、御年69歳の「おばあちゃん卓球選手」である。

(※参考=【ニー・シャーリエン】53歳のおばさん卓球選手、リオで躍動!

別所選手は42歳のときに、腰骨の腫瘍(仙骨巨細胞腫)を切除する手術を2度受け、車いすでの生活を余儀なくされた。その2年前には夫を病気で亡くし、2人の子供はまだ高校に在学中だったそうだ。

そんな絶望的な状況の中、リハビリを兼ねて、たまたま新聞記事で見た車いす卓球を始めた。このとき45歳。「卓球に打ち込んでいる間は、夫を失った悲しみや病気のことを忘れることができました」

作家の村上春樹さんも、「誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている」そうだ。嫌なことや辛いことを(一時だけでも)忘れるためには、「体を動かす」のが一番なのである!

昨年は、年齢を感じさせない活躍が評価されて、女子レスリングの伊調馨選手とともに『スポーツニッポンフォーラム』のグランプリを受賞。表彰式では、「伊調選手の横にいて、胃腸が悪くなるぐらい緊張した」などとジョークを連発し、大きな喝采を浴びていたとのこと。「今では車いす生活になったことに幸せを感じています。卓球と出会い、世界中に仲間が増えましたから」

「私はゲイとして生まれてきたでしょう。みんなと違うからこそ得したことや気付けたことがある。人と同じだったらきっと色んなことに気付けなかったと思う。もちろん、つらいと思ったこともあったけど、でも人と違って良かったって、今は思うの。」(マツコ・デラックスさんの言葉) 


「人と違う」ことや、「人と同じようにできない」からと言って落ち込むのではなく、「そんな自分だからこそ、◯◯できた」と幸せに感じる。このような考え方は、すごく素敵だと思う。努力しても変えられないことなら尚更、「モノは考えよう」だ。

別所選手は、上記の表彰式には”サンキュー”の気持ちを込めて、39個の蝶々を髪に飾り付けて出席したそうだ。最終目標は59個の蝶々を集めること。自分に対して”ご苦労さん”と言えるように、「死ぬまで卓球を続けたい」。2020年は72歳。リオ大会のときと変わらぬ元気なお姿を、東京で見られると嬉しい。 

 

別所キミエ選手から学んだこと

辛いときは体を動かすのが一番。「こんな自分だからこそ、◯◯できた」と幸せに思うこと。