人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【池田生成】最初で最後の箱根駅伝、9区で区間2位の快走!

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箱根駅伝青学大9区・池田「先輩から箱根は楽しいと聞いていたが…」(1/4 スポーツ報知より)

 1月4日放送の日本テレビ系情報番組「スッキリ!!」(月~金曜・前8時)に、今年の箱根駅伝で3連覇を達成した青山学院大の原晋監督(49)と、7区の田村和希選手(3年)を除く9選手、小関一輝主務(4年)が出演。特集VTRを見ながら、激闘を振り返った。
 区間2位の走りでV3を確定的にした9区の池田生成(4年)は「しんどくて…。先輩から『箱根駅伝は楽しいぞ』と聞いていたけど本当にキツイだけのレース」と振り返った。今回で陸上競技からの引退を明かしているが「箱根が最後のつもりでやってきました」とすがすがしい表情で締めていた。


1月8日(日)に日本テレビ系列で放送された『もうひとつの箱根駅伝。個人的に、見ていて最も心を打たれたのが、最終学年で初めて箱根を走ることができた、青山学院大学の9区・池田生成(きなり)選手である。

昨年、青学メンバーが『金スマ』に出たときに、中居正広さんやベッキーさんから「小学生みたい!可愛い!」といじられていた童顔の池田選手は、駅伝の名門・佐久長聖出身なのだが、高校時代は大きな大会で実績を残すことができなかった(※全国高校駅伝=2年時に3区で区間43位。1年と3年は走れず)。青学に入ったのもスカウトではなく、たまたま練習見学にきた原監督に直談判したそうだ。

大学では「関東インカレ男子2部ハーフマラソン」で2連覇するなど、チームの主力選手へと成長したが、選手層が厚く、出雲・全日本には一度も出られず。箱根駅伝は、昨年8区にエントリーされながら、当日の朝にメンバー変更という憂き目に遭った。

誰もが認める練習の虫、ストイックさは仲間の中でもナンバーワン、チームで一番走った距離が長い選手・・・etc。ひたむきに走り続けてきた池田選手が、ラストチャンスで夢を掴めたことは本当に嬉しい!

復路当日には、ツイッター「#キナーリ」というハッシュタグができるほどの人気ぶり!アディダスのランニングシューズを履く選手がほとんどの青学の中で、一人だけアシックスだったのも印象に残った。

■ 原監督の監督車からの指示
「残り8キロ!3大駅伝初駅伝!4年間の思い出を考えながら、最後の8キロ楽しんでこい!」
「走った距離は嘘をつかない!自分でレギュラーを獲ったんだ!」

■ 9区の応援に駆けつけた、同級生の一色&秋山選手からの応援
「生成ー!4年間よく頑張った!ありがとう!ラストいけー!生成いけー!」

■ 沿道のご両親からの声援
「生成、ラストランだ!頑張れー!」


池田選手はずっとサングラスをして、ポーカーフェイスで走っていたのだけど、途中で一度だけ、沿道に向けて左手を振るシーンがあった。これはご両親に向けてだったのだ。「めちゃくちゃキツくて、本当は沿道とか見ている余裕はなかったんですけど、(20キロ地点ぐらいに)いるってことは聞いていたんで、その地点の時だけ頑張って沿道見て探して。最後の親孝行なんで、こうやって(手を上げて)一応返事をしました」

1キロ3分ペースで爆走中に、鈴なりの大観衆の中から一瞬で家族の姿を見つけるなんて凄すぎる!感謝の気持ちを伝えたくて手を振ったそうだが、箱根駅伝の優勝メンバーになるなんて、誰もができることじゃない。本当にこれ以上ない親孝行だと思う。息子の勇姿を生で見て、感無量の様子のお父さん。「気付いてくれて嬉しい」と涙ぐむお母さん。見ているこちらも涙である。

池田選手はこの箱根駅伝を最後に引退して、社会人(スポニチには就職先=ブルボンと書いてあった)では競技を続けないそうだ。しばらくは走らないで、ゆっくりするのかと思いきや、なんとレース翌日の1月4日の朝に、一人で23キロも走ったとのこと!「暇だから走った」というこのストイックさが、なんとも池田選手らしい。これからの人生に幸あれ!

 

池田生成選手から学んだこと

ひたむきな努力でチャンスを掴んだ選手は、誰もが応援したくなる。