人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【棟田康幸】世界一美しい礼をする柔道家が引退

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元世界王者の棟田が引退 今後は警視庁で後進を指導(11/12 スポーツニッポンより)

 柔道男子100キロ超級で2003年世界選手権王者の棟田康幸(35)=警視庁=が現役を引退することが12日、関係者の話で分かった。今後は所属先で後進の指導に当たるという。
 愛媛県出身の棟田は中学から柔道私塾の講道学舎で鍛えられた。東京・世田谷学園高で頭角を現し、明大へ進学。身長170センチと小柄だったが、井上康生鈴木桂治と並んで男子重量級の中心選手として活躍した。07年世界選手権では無差別級を制した。
 だが五輪代表経験はなく、史上最多となる15度の出場を果たした全日本選手権では準優勝3度と、頂点に立つことはできなかった。


スポーツでよく使われる言葉として、「記録に残る選手」と「記憶に残る選手」というのがある。オリンピックで金メダルを獲れば、後世まで”記録”に残るし、フェアなプレースタイルや凛とした立ち居振る舞いがいつまでも”記憶”に残ることもある。棟田選手を分類するなら、「記録よりも記憶に残る柔道家」ということになるだろうか。

個人的に、棟田選手の「美しい礼」が大好きなのである!試合が始まる前と終わった後に、いつも対戦相手の目をきちんと見て、深々とお辞儀をしているのだ。そんなことはみんなやっていると言われそうだが、実際に映像で見れば、一人だけ”群を抜いて美しい”ことがお分かりいただけると思う。まさに、「礼に始まり礼に終わる」という”柔道の精神”を体現している選手なのだ。

棟田選手は、03年大阪世界選手権で優勝しながら、翌年のアテネ五輪に出場できず、07年リオ世界選手権で優勝しながら、翌年の北京五輪に出場できなかった。代わりに五輪代表となった鈴木桂治さんと石井慧選手は、いずれも金メダルを獲得。このことからも、当時の重量級がいかに実力者揃いだったかがよくわかる。このあとはしばらく低迷が続いたので、「もう少し生まれるのが遅かったら・・・」と嘆かずにはいられない。

同じ思いを、女子マラソンの弘山晴美さんに対しても抱くことがある。弘山さんはシドニー五輪の選考会となった2000年の「大阪国際女子マラソン」で、2時間22分56秒という好タイムで走ったにもかかわらず、無念の落選となった。現役の実業団選手でこの記録を上回っているのは、福士加代子選手(ワコール)と前田彩里選手(ダイハツ)の2名のみ。今なら確実に代表に選ばれるタイムで、「もう少し生まれるのが遅かったら・・・」とこれまた嘆かずにはいられない。

『勝負は時の運だから』という爆風スランプの歌があったけど、”強い・速い”だけでは足りなくて、その上で”巡り合わせの運”がないと、4年に一度の五輪で勝つことは難しいのだなぁと思う。でも、残念ながら夢は叶わなかったけど、棟田選手の礼儀正しさや、弘山さんの気丈な落選会見は、これから先も自分は絶対に忘れないだろう。

今後は所属先の警視庁で後進の指導に当たるとのこと。自身のように、強くて、勝っても負けても礼儀正しい柔道家を育ててほしい。世界一美しい礼が、本当に大好きでした。


棟田康幸選手から学んだこと

”記録”には残らなくても、フェアなプレースタイルや凛とした立ち居振る舞いは、ずっと”記憶”に残るもの。