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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【永井秀樹】93年の開幕当時からプレーするJリーガー、45歳で引退

サッカー

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永井、今季限りで引退 8カ月間ピッチ立てず「選手として失格」(11/11 スポーツニッポンより)

 49歳のカズに次いで現役Jリーガーで2番目に年長の東京V永井秀樹(45)が今季限りで現役を引退することが10日、発表された。ホーム最終戦となる12日のC大阪戦で引退セレモニーを行う。
 ドリブルを武器に攻撃的MFとして活躍した永井は練習後、「自分の中ではまだまだやれる自信があるし、やりたい気持ちもあった。だが、今年は8カ月もピッチに立てず、自分が考えるサッカー選手としては失格だと決断した」とスパイクを脱ぐ理由を説明した。
 92年にV川崎入りして25年目。「人生の半分以上をサッカー選手で過ごせたことは幸せ。日本代表で活躍する夢は実現できなかったが、Jリーグでは開幕から一番いい時にプレーしJリーグとともに歩んできた。何度もタイトルを獲れたし」と感慨深げだ。
 C大阪戦ではベンチ入りの可能性もある。既にV川崎時代に同僚だったカズやラモス氏にも報告済み。出場すればJ1、J2、合計270試合目となるピッチで選手生活に別れを告げることになる。 


Jリーグ黎明期に、『サッカーai』という雑誌をよく読んでいた。当時は「ヴェルディ川崎」の黄金時代。三浦知良(キングカズ)選手ラモス瑠偉さん、武田修宏さんらのスター選手とともに、”期待の若手”として毎号のように登場していたのが、藤吉信次さん、阿部良則さん、そして永井秀樹選手である。

若き日の永井選手は、まさに「美少年」という風貌で、茶髪に緑のユニフォームがとてもよく似合っていた。少し言葉を悪く言えば「チャラ男」。実際に、天海祐希さんや観月ありささんと付き合っているという噂もあったし、華やかだったバブル期の”典型的なJリーガー”だったと思う。

だから、若いうちにさっさと引退してタレントに転向、というのが既定路線だと勝手に思っていた。それがまさか45歳まで、こんなにも”ナガイ”選手生活を送ることになるなんて!「人は六角形の鉛筆のようなもの」だと言われるけど、ある一面(見た目)だけで判断してはいけないのだ。

運動量が多いサッカーで、25年間もプロ選手であり続けるというのは本当に凄いことだ。長く続ける秘訣は、本人いわく、国見高校での3年間の貯金が一番大きい」

365日のうち、休みはお盆の一日だけ。平日は朝と夜の2部練、週末は1日3試合は当たり前。夏休みは8時から20時まで。想像するだけでも吐きそうな練習量だが、高校3年間の「体力貯金」を使い果たすことなく維持できているのは、プロになってからの徹底した自己管理の賜物だろう。

■ 「人生は要領よくやっていると、必ずつけがまわってきて失敗する」

■ 「無駄な練習なんてない。無駄に思えることほど、あとで必ず役に立つ」

■ 「最後は心の強さが勝負を分けるのは、サッカーに限らずどんな勝負の世界でも共通すること。そしてこの心の強さだけは、持って生まれた才能ではなく、何度も挫折を経験して乗り越えてゆく事でしか身につけることはできない」


これらは、『不器用なドリブラー』(会津泰成・著)という永井選手のノンフィクションの中に書かれていた言葉である。意外(と言ったら失礼だけど)にもとても中身が濃い本で、心に響くフレーズがたくさんあった。発言や文章で、その人のだいたいの知性は推し量ることができる。ためしに本人のツイッターを見てみたのだけど、サッカーに対する真摯な思いが綴ってあった。見た目は”チャラ男”でも、内実は根っからの”サッカー小僧”なのだ!

先日行われた引退セレモニー。かつての美少年は、”渋い男前”になっていた。「大切なことは、どれだけたくさんのことをしたかということよりも、どれだけ心を込めてやってきたかだと思います」。25年間、大好きなサッカーを、心を込めてやってきたという”人生の充実度”が顔つきに出ていたように思う。永井選手、ナガイあいだお疲れ様でした。

 

永井秀樹選手から学んだこと

人は六角形の鉛筆のようなもの。一面だけを見て判断してはいけない。