人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【瀬立モニカ】4年間で大きく変わった人生

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リオ五輪羽根田卓也選手ミキハウス)が日本人史上初の銅メダルを獲得し、注目を浴びているカヌー界。”ハネタク”に続けとばかりに、リオパラリンピックの「パラカヌー」に出場するのが、瀬立(せりゅう)モニカ選手(筑波大)である。

(※ちなみに「モニカ」というのは、お母さんのクリスチャンネームからつけられたもので、ハーフではない。吉川晃司さんの『モニカ』とも一切関係ないとのこと)

幼いころからスポーツ万能だった瀬立選手は、カヌーが盛んな江東区で生まれ育ったこともあり、中学からカヌーを始めた。しかし、高校1年生のときに体育の授業で倒立をした際、そのままつぶれてしまったことが原因で、脳と胸椎を損傷。下肢の筋肉に力が伝わらない「体幹障害」で車いす生活になってしまう。

しばらくは寝たきりで、自宅に引きこもりがちだったそうだが、約1年後にカヌー関係者の勧めで競技に復帰。徐々に明るさを取り戻し、わずか2年でパラリンピックの切符を掴んだ。

「4年前のロンドン大会の時は普通の高校生で、3年前はベッドの上で寝ていた」。この4年間で人生は大きく変わった。SMAPのヒット曲『夜空ノムコウ』の中に、「あの頃の未来に僕らは立っているのかなぁ」という歌詞があったけど、”現在”の瀬立選手が立っているところは、きっと”あの頃”に思い描いていた未来ではないだろう。

「昨日開会式がありました。言葉で表せないほどの感動。鳥肌が立ちました。本当に素晴らしかった。こんな世界があるんだなぁ。」(※瀬立選手のツイッターより)


「思い描いていた場所」と「実際に立っている場所」が全然違っていたとしても、それもまた人生である。
リオパラリンピックの開会式に出て、言葉で表せないほどの感動を味わう。他の競技の日本代表選手と知り合いになる。他国の選手たちとバッチ交換をする。こんな人生も本当に素敵だと思う。

2020年東京パラリンピックのカヌースプリントは、地元の江東区の会場で開催されることになっている。そこで故郷に錦を飾るためにも、今回リオを経験できることは大きい。瀬立選手が出場する「女子スプリント・カヤックシングル200m」は、9月14日に行われる。18歳という若さを武器にして、のびのびと頑張ってほしい!

 

 瀬立モニカ選手から学んだこと

「思い描いていた場所」と「実際に立っている場所」が違っていたとしても、それでも人生は素晴らしい!