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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【井岡一翔】五輪に出られなかった世界チャンピオン

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山田哲人選手柳田悠岐選手に続いて、ボクシングでもトリプルスリーが誕生!」

井岡が2戦連続KO防衛!日本人初の「トリプルスリー」達成(7/20 スポーツ報知より)

 王者・井岡一翔(27)=井岡=が、18連勝中の同級6位キービン・ララ(21)=ニカラグア=を11回1分11秒、KOで下し、3度目の防衛に成功した。2戦連続KOでV3を決めた井岡の戦績は20勝(12KO)1敗。
 井岡は10回に連打のコンビネーションから右ストレートで初ダウンを奪い、11回にラッシュをかけた。WBC世界ミニマム級WBA世界ライトフライ級に続いて、WBA世界フライ級でも3度目の防衛に成功。日本人初となる3階級それぞれでのV3「トリプルスリー」を達成した。


まだまだ若いような気がしていたけど、もう27歳。試合中の表情を見ていると、「キャリアを重ねると貫禄が出るものだなぁ」と実感する。

今回、最後まで乱れることがなかった井岡選手の髪型(七三分け)は、親友のサッカー日本代表DF・槙野智章選手のマネなのだそうだ。他にも、香川真司選手武藤雄樹選手らが”槙野ヘアー”で活躍しているから、縁起がいいのかもしれない。

そんな井岡選手の「これまでの歩み」を振り返ってみると・・・
 

① ボクシング界のサラブレッドとして誕生(叔父は元世界2階級王者の井岡弘樹さん)
② 中学1年で競技を始めて、高校3年時に6冠を達成(※史上3人目)
③ 20歳でプロデビュー。プロ18戦目で3階級制覇(※史上最速) 
④ 100坪、4LDKの豪邸に住んでいる
⑤ ポルシェ1台、ランボルギーニ2台を所有
⑥ 歌手の谷村奈南さんと婚約。ロサンゼルスに婚前旅行(←今ココ!)


一見、トントン拍子の人生のように思えるけど、②と③の間に「北京五輪出場を逃す」という大きな挫折を味わっているのだ。 

興国高校を卒業後、「北京五輪で金メダルを獲得し、鳴り物入りでプロデビューをする」ために、東京農業大学に進学。しかし、日本代表選考会を兼ねた『全日本アマチュアボクシング選手権』の決勝で1ポイント差で判定負け。夢は叶わなかった。

村田諒太選手帝拳)がロンドン五輪で金メダルを獲った後、プロに転向したが、まさにこれこそが井岡選手が思い描いていたストーリーだったのである。そのスタートラインに立つことすらできず、結局大学は2年で中退。目標を「世界チャンピオン」に切り替えて、プロに転向したことで今の井岡選手がある。

④や⑤を見ると、まさに「人生の成功者」というかんじで、”自分とは世界が違う人”のようにしか思えないのだけど、北京五輪に行けなかった話を聞くと、「それなりに苦労をしてここまで辿り着いたんだな」と、なんだか”親近感”すら覚えてしまう。

「痛い目にあったとしても、失敗すらできない人生よりずっと楽しい」「よかったことの現実も、悪いことの現実も、次へ向かう糧にしたい」

これは女子マラソンの高橋尚子さんの名言である。99年セビリア世界陸上を故障で走れなかった翌年、シドニー五輪で金メダルを獲った。高橋さんは「世界陸上出場ならず」から「金メダリスト」へ。井岡選手は「北京五輪出場ならず」から「世界3階級王者」へ。思い通りにいかなくても、人生は何度でも”上書き保存”ができるということを、二人の世界チャンピオンが教えてくれたように思う。

井岡一翔選手から学んだこと

人生のストーリーは何度でも「上書き保存」が可能。