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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【長島圭一郎】五輪で一番を!34歳からの再チャレンジ

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長島圭一郎が現役復帰 バンクーバー五輪銀メダリスト(6/30 デイリースポーツより)

 バンクーバー冬季五輪スピードスケート男子500メートルの銀メダリスト、長島圭一郎(34)が平昌五輪を目指して現役復帰することが30日、分かった。マネジメント会社が発表した。
 長島は北海道・池田高から日大を経て日本電産サンキョーに入社。2010年のバンクーバー五輪で銀メダルを獲得。14年のソチ五輪では6位入賞したが15年4月17日に引退発表。所属する日本電産に残り、今後は普及活動に携わるとしていた。今年1月に同社を退社していた。

 

昔、蓮舫さんが「2位じゃダメなんですか?」と言っていたけど、やはりトップアスリートは2位(銀メダル)では満足できないのだろう。「平昌五輪で一番を取りたい」という34歳の再チャレンジを心から応援したい!

そんな長島選手と言えば、印象に残っていることが2つある。まず1つ目は、加藤条治選手との不仲説」だ。バンクーバー五輪の500メートルで、銀メダルと銅メダルを獲得した二人は当時、日本電産サンキョーに所属する同僚だったのだけど、全く目を合わせることがなく、会話もほとんどしていなかった。スピードスケートは(同タイムでないかぎり)金メダルをとれるのは一人だから、同じ種目で同じぐらいの実力を持つライバルと仲良くするのは心情的に難しかったのかもしれない。

もう一つは、ソチ五輪の500メートルで6位に終わった後の、「旅費を全部払いたい」というコメントである。このときの長島選手は金メダルを絶対目標にしていて、それが獲れなかったという申し訳なさから出た言葉だったようだが、「何もそこまで責任を感じなくてもいいのに・・・」と思った記憶がある(それにソチはオランダ勢があまりにも強すぎた。代表20人でメダル23個って!)

今回の復帰会見で、個人的に一番心に響いたのは、「子どものころから金(メダル)を取れると思っていて、銀(メダル)しか取れなかった。自分に才能がなかったという気持ちを確認することはつらいことだったが、(才能が)ないならないなりに、またチャレンジしたいと思った」という言葉だ。

自分に才能がないことや、自分にできないことがわかっている人は魅力的だと思う。そしてそれを理解した上で、それでも夢を諦めきれず、一流企業の安定した立場を捨ててでも平昌五輪に挑戦したいという長島選手の思いの強さには、心から「あっぱれ」を送りたい。

昨今の冬季競技を取り巻く環境は厳しく、トップアスリートでも遠征や合宿に行くのに自腹を切るケースは珍しくないという。現在はフリーで活動している長島選手の懐事情も、「今は微々たる資金しかないので、なくなったら終わり」とかなり苦しいようだ。再チャレンジを応援してくれるスポンサーが、一日も早く見つかることを祈るばかりである。

 

長島選手から学んだこと

自分に才能がないことを理解したうえで、結果を出すにはどうすればいいかを考える。