人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【原田雅彦、菊間千乃】オセロをひっくり返す

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1998年長野五輪ジャンプ団体金メダリスト、原田雅彦さん。NHKの和田源二アナウンサーによる名実況、「今度は高い、高くて、高くて高くて、いったー!大ジャンプだ原田ぁーっ!別の世界へ飛んで行った原田!」は今も語り草になっている。

原田さんのキャリアを語る上で、リレハンメル五輪の団体銀メダルは避けて通ることができない。2回目の3番手が終わった時点で、日本は断トツの1位。アンカーの原田さんが105mほど飛べば、金メダルだったのだが・・・。それから長野五輪までの4年間、スポーツ新聞にはリレハンメルのズッコケ男”と書かれ、テレビでは失敗ジャンプの後に頭を抱えてしゃがみ込んでいるシーンが、幾度となく流された。

オリンピックという大舞台で、他の3人は力を出し切って、金メダルもほぼ確実だったのに、自分のとんでもない大失敗のせいで快挙を逃してしまった。その後はリレハンメルの失敗をチャラにしたい」という一心で、競技を続けてきたのだそうだ。

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元フジテレビアナウンサーで、現在は弁護士に転身した菊間千乃さん。入社4年目、『めざましテレビ』の生放送中に、ビルの5階から転落して腰椎圧迫骨折。復帰後は、”事故に遭ったアナウンサー”として見られることに嫌気がさしていたが、「菊間=転落アナ」という図式はどうあがいても消せるものではないから、割り切って受け入れていくことにしたという。

そして2005年から、「アナウンサーから一歩先のジャーナリストになるための武器にできれば」と考えて、ロースクール法科大学院)に入学。仕事と学業の両立にも慣れてきたころ、ジャニーズの未成年メンバーとの飲酒事件で全番組を降板。アナウンサーとして明るい未来を描くことができなくなり、フジテレビを退社して弁護士として生きることを決意した。

周囲からは「無謀だ」と言われ、「失敗すれば40代目前にして無職になる」という将来への不安から眠れなくなったこともあったが、一日15時間もの猛勉強を続けて、2度目のチャレンジで見事に難関を突破。現在は古巣・フジテレビの顧問弁護士も務めている。

  

わかりやすい実績ができると、今までは黒だったオセロが一斉に白に変わるように、マイナスがプラスに変わる。(『半径5メートルの野望』はあちゅう・著)

 

リレハンメル五輪の後、原田さんと同じ札幌市内に住んでいた同姓同名の”原田雅彦さん”の家に、嫌がらせの電話が殺到するハプニングがあった。とばっちりもいいところなのだが、長野五輪で金メダルを獲得すると、今度は祝福の電話が鳴り止まなくなったそうだ。これがまさに「オセロが一斉にひっくり返る」ということなのだろう(※原田さんはお詫びに、”原田雅彦さん”へ手紙とサインを送った)。

 

苦しい立場に置かれた時こそ、それとどう向き合うかだ。逃げることは簡単。でも逃げたら一生逃げの人生。どこかで雪崩に巻き込まれても、それでも上り続ける勇気を持ち続ければ、神様はきっと応えてくれる。(『私がアナウンサー』菊間千乃・著)

 

原田さんと菊間さんは苦しい立場に置かれても(オセロが黒ばかりになっても)、決して逃げないで、ジャンプの練習や法律の勉強を続けた。だから、”リレハンメルのズッコケ男”から”金メダリスト”へ、”事故に遭ったアナウンサー”から”弁護士”へ、人生の経歴をアップデートする(一斉に白にひっくり返す)ことができたのだ。

B'zの歌ではないけれど、やっぱり「逆境にくじけるな!」なのである。過ぎた時間はすべてDESTINY。今がどんなに苦しくても、二人のようにわかりやすい実績を残せば、大どんでん返しができるのだ。自分も”大いなる野望”を持って、これから先の盛り沢山LIFEを生きていきたいと思う。