人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【柿谷曜一朗、石川佳純】忘れられない原風景

f:id:skipp-beat:20160305114731j:plain


今年、セレッソ大阪に復帰した柿谷曜一朗選手。チームのキャプテンに就任し、J1昇格への切り札として期待されている。

4歳からセレッソの育成組織でプレーし、16歳でプロ契約。その後、少しばかりの紆余曲折を経て、2014年のブラジルW杯に出場した後、スイスの強豪・バーゼルに移籍。2018年までの4年契約だったが、1年半で古巣に戻る決断をした。「セレッソでサッカーがしたいという気持ちが一番強かった。結局、僕はどこでプレーしていても、心の底ではずっとセレッソの選手でいたかったんです」。

これほどまでに強い”セレッソ愛”が生まれたのは、3歳のとき。父親が運転する車が信号待ちをしていると、隣にセレッソの選手を乗せたバスが止まった。車の中からバスに向かって手を振ると、セレッソの選手が窓をあけて、手を振り返してくれたのだ。4歳でサッカーを始めるときにセレッソを選んだのは、「そのときの光景がいつまでも胸に強く残っていたから」。現在、セレッソ大阪のグラウンドでは、練習終了後に30分以上かけて、集まったサポーターのサインや記念撮影に応じる柿谷選手の姿がある。

f:id:skipp-beat:20160305133320j:plain


卓球女子日本代表の石川佳純選手(全農)。小さいころから”天才少女”と呼ばれ、高校3年生で全日本選手権のシングルスで優勝。19歳で出場したロンドン五輪では団体で銀メダルを獲得し、今年8月のリオ五輪でも活躍が期待されている。

そんな石川選手は、2014年に岩手で卓球教室を開催。地元の人が大勢集まり、イベントは大盛況のうちに幕を閉じたのだが、困ったのはその後である。サインを欲しがる子供たちに、控室を囲まれてしまったのだ。

帰りの新幹線の時間が迫る中、「そのまま帰るのは嫌だ」と急遽、人数を決めてサイン会をすることに。石川選手も昔、試合会場で試合も見ないでずっとサインの列に並んでいたことがあり、子供たちの姿がかつての自分と重なったのだ。「(福原)愛ちゃんにも並んでいましたよ!」。小学4年生のときに憧れの福原選手にサインをもらったことは、今でも覚えているそうだ。

私事だが、今から14年前、ある大会で福士加代子選手とツーショットの写真を撮ってもらったことがある。ダメ元でお願いしたところ、「写真?いいよ!カメラどこ?あ、あれね。せーの、イエーイ!!」。こんなにハイテンションで応じてもらえるとは夢にも思わず、出来上がった写真は満面の笑顔。この日から自分は、福士選手の大ファンになった。

「足を踏んだ方はすぐ忘れるが、踏まれた方はいつまでもその痛みを覚えている」という言葉があるが、「トップアスリートは手を振ったり、サインをしたことなどイチイチ覚えていないが、ファンはいつまでもそのときの喜びを覚えている」ものだと思う。神対応だったなら尚更だ。個人的には、(今のところ)サインを求められることはないと思うのだけど、仕事でもプライベートでも「自分がされて嬉しいこと」を人にすることで、少しずつMyファンを増やしていきたいと思う。