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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【黒田博樹】ひとつの出来事で人生は変わる

野球

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2014年12月、20億円といわれるメジャーリーグからのオファーを蹴って、4億円で古巣・広島カープに復帰した黒田博樹選手。年俸は野球選手のステイタスと言われる中、この”男気あふれる選択”にカープファンは大感激。「全広島が泣いた」と言われるほどの大フィーバーとなった。

そんな黒田選手だが、これまで野球のエリート街道を歩んできたわけではない。プロ野球メジャーリーグで活躍するような選手は、高校時代からエースで4番などチームの主力であることがほとんどだが、黒田選手は上宮高校では控え投手(3番手)で、一度もエースナンバーが与えられたことはなかった。

それでも高2の秋にはリリーフとして近畿大会で好投し、チームは準優勝。センバツの出場権を確実にしていたのだが、当時の監督の体罰問題が原因で出場を辞退。本人が「出ていたら人生は変わっていた」と語っているように、甲子園出場が幻に終わったこの事件は、その後の野球人生の大きなターニングポイントとなった。

高校卒業後は、(当時)東都大学リーグ2部だった専修大学に進学。「甲子園に出た選手には絶対に負けたくない」という気持ちをモチベーションにして練習に取り組み、力をつけて、ドラフト逆指名(2位)でカープに入団した。もしセンバツに出て強豪大学に入っていたら、そこで満足して燃え尽きたり、天狗になって潰れていたかもしれない。点のつながりは、後になって気づくもの。理不尽な出来事は、次のステージにつながっていたのだ。「自分にとってはつらかった経験が、時間が経ち環境が変わったことで大きな財産になっていたのだから人生はわからない」(著書『決めて断つ』より)。

「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」という。たしかに、過去に起こった出来事(=甲子園出場辞退)そのものは今さら変えることはできない。でも、過去の出来事が持つ意味(=腐って野球をやめる or 反骨心に変える)は、その後に自分がどんな人生を歩むかによって、いくらでも変えることができる。事実は一つで、解釈は人それぞれ。バネにして生きてきたから、今の黒田選手がある。

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黒田選手の座右の銘は、「雪に耐えて梅花麗し」。なんだか聞き慣れない言葉だが、これは西郷隆盛が詠んだ漢詩の一節で、”寒い冬を耐え忍んだ梅の木ほど華麗な花をつける様子”を表したもの。「苦しまずして栄光なし」という意味だそうだ。高校時代から順風満帆とはいかなかった黒田選手は、上宮高校の授業で目にしたこの言葉をとても気に入っていて、今でもトレーニングウェアなどにプリントしている。

これから生きていく中で、思うようにいかないことや辛いことがあったときは、”自分は梅の花なんだ”と思って、「今は(冬なので)耐える時期。でもいつかは(春になったら)華麗な花が咲くはずだ」と言い聞かせようと思う。プロ野球選手だけでなく、私たちの人生においても心の支えになる言葉である。