人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【小林幸子、太田雄貴】違うルートで頂上に登る

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昨年の大晦日、4年ぶりにNHK紅白歌合戦に出演し、初音ミクの代表曲『千本桜』を熱唱した小林幸子さん。リアルタイムで見ていたのだが、ニコニコ動画の”弾幕”が画面に流れたのにはビックリした。テレビとネットを融合させた、圧巻のパフォーマンスだったと思う。

小林さんは2012年に起きた事務所トラブルがきっかけで、しばらくテレビの表舞台から姿を消していた。大手レコード会社と契約を解消し、自主レーベルを立ち上げて新曲を発売しようとしたが、曲を書いてくれる作曲家が誰もいないという四面楚歌な状況に。悲しさや辛さは一切なく、「あったのは悔しさのみ」だったそうだ。

そんなとき、ニコニコ動画への出演を快諾したことが復活への序章となった。小林さんの派手な衣装が、テレビゲームのラストに出てくるボスと似ていることから、”ラスボス”というあだ名で若い世代に親しまれ、本人が投稿した動画は史上最速のアクセス数を記録。こうして演歌の小林幸子は、「ネット界のカリスマ的存在」になっていったのである。

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昨年、フェンシングの世界選手権男子フルーレ個人で、全種目を通じて日本勢初の金メダルに輝いた太田雄貴選手(森永製菓)。団体で銀メダルを獲得したロンドン五輪後に休養。2020年東京五輪招致の最終プレゼンターの大役を務めた後、リオ五輪を目指して練習を再開した。

約1年間のブランクがあったため、復帰後は思うような成果が上げられず、「このままでは勝てない」と思った太田選手は、”自分がやりたいフェンシング”から、”オレグコーチが提案するフェンシング”に変えることにした。世界で勝つために、クセとして染み付いている動作や、得意な攻撃パターン、戦い慣れたスタイルを捨てる。悩んだ末の決断が奏功して、世界一の称号を勝ち取ったのである。

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」

小林さんと太田選手を見ていると、かつて進化論を提唱したチャールズ・ダーウィン(イギリスの自然科学者)の名言は本当にその通りだなぁと思う。テレビに出られなくなったら、ネットで歌う。我流のフェンシングで勝てなくなったら、他流を取り入れる。目標(頂上)は変えないで、そこに向かう方法(ルート)を変えたということだ。「演歌界の大御所」「オリンピックメダリスト」という過去の名声や栄光にすがることなく、時代とともに新たな世界や戦術に活路を見出す。起きるべくして起きた、見事な復活劇である。