人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【鈴木亜由子、山本修平】才色兼備な同級生

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1月に開催された「全国都道府県対抗駅伝」で、愛知県が男女アベック優勝(同一年では史上初)を飾った。栄光のゴールテープを切ったのは、山本修平選手(トヨタ自動車)と鈴木亜由子選手(日本郵政グループ)。現在24歳の二人は幼なじみで、時習館高校の同級生である。

時習館は陸上の強豪校ではない。愛知県トップクラスの進学校で、偏差値は71。地元の人が口を揃えて「めちゃめちゃ頭がいい」と言う高校に、鈴木選手と山本選手はスポーツ推薦ではなく、一般入試で入った。走るのが速いだけの”スポーツバカ”や、頭がいいだけの”ガリ勉”ではなく、その両方ができる文武両道、才色兼備なランナーなのだ。

鈴木選手は中学生のときに全国大会の800mと1500mで優勝し、”天才少女”と呼ばれた。しかし高校では足の甲を二度も疲労骨折。走りたいのに走れない、もどかしい日々が続いた。大学も強豪校を避けて、国立の名古屋大学へ。陸上部の練習は週3日だったが、男子選手と一緒に練習するうちにだんだん力をつけて、5000mでインカレ優勝、10000mでユニバーシアード金メダルを獲得。現在は、日本郵政のエースとして活躍している。

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山本選手は高校時代、5000mで同学年の日本人選手では15番目のタイムを持つ実力者だったが、早稲田大学の受験に失敗。「中学時代からずっと早大が第一志望だった。ワセダの競走部しか考えていなかった」と他大学からの誘いを断り、浪人の道を選択。受験勉強をしながら一人でトレーニングをこなし、翌年の早大スポーツ特別推薦枠を勝ち取った。

憧れのエンジのユニフォームで走った箱根駅伝では、5区の山登りを担当。1・2年時には区間3位の好走を見せた。卒業後は地元のトヨタ自動車に入社。今年の元旦のニューイヤー駅伝では、二連覇を果たしたチームのアンカーを務めた。つまり山本選手は、1ヶ月で二度も全国規模の駅伝で歓喜のゴールテープを切ったことになる(なんて持ってる男なんだろう!)。

「伸びる選手はどんな環境でも伸びるものだ」と言われる。この場合の伸びる選手とは、”自己管理がきちんとできる選手”ではないかと思う。鈴木選手は「陸上も勉強も両方やりたい」と思って、時習館を選んだ。大学で強豪校を選ばなかったのは、「陸上と勉強を限られた時間の中で、集中してやるというスタイルが自分には合っていると思ったから」。山本選手は浪人時代、練習メニューをほとんど自分で考えていたそうだ。受験勉強の合間に、自分でメニューを組み立てながら練習し、浪人中の記録会で自己ベストを更新した。二人とも勉強と練習の時間配分や、自己管理がきちんとできる選手だから強くなれたのだ。

都道府県対抗男子駅伝のレース後のインタビューで、鈴木選手のことを聞かれた山本選手は、「亜由子はいつも自分の前を走っている選手だったので、(女子の結果を)刺激にして、負けたくないという思いで走りました」と言っていた。鈴木選手は寮のテレビで観戦し、「山本選手は小学校からずっと一緒にやってきたので嬉しい。一緒に世界の舞台で活躍できるよう、刺激しあいながら頑張りたい」と話した。 「仲良しだけど、変な関係ではない」という二人だが、なんとも素敵すぎる同級生である。