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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【有吉弘行、相川七瀬】長い潜伏期間を経て復活

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現在、13本のレギュラー番組を抱える超売れっ子芸人、有吉弘行さん。ツイッターのフォロワー数は500万人を超えて、日本一となっている。

有吉さんは、1994年にお笑いコンビ「猿岩石」でデビュー。『進め!電波少年』のヒッチハイク企画で大ブレイクを果たしたが、ほどなくして人気が低迷。仕事が激減するというどん底を経験をしている。

著書『お前なんかもう死んでいる~プロ一発屋に学ぶ50の法則~』によると、猿岩石人気がピークだったころは一番多かった月で2000万円の収入があり、貯金も7000万円ほどあった。しかしブームが去ってからは、7~8年ぐらい月収1桁、あるいは給料ゼロという状況が続き、家賃9万円のアパートで貯金を切り崩しながらずっと引きこもり生活を送ってきたという。

しかし、2007年に『アメトーーク!』に出演した際、品川祐さんに「おしゃべりクソ野郎」とあだ名をつけた(=おしゃクソ事変)ことがきっかけで、毒舌が持ち味のピン芸人として再ブレイク。今やテレビで姿を見ない日はないぐらいの人気者となった。

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今年、デビュー20周年を迎えた歌手の相川七瀬さん。織田哲郎さんプロデュースのデビュー曲「夢見る少女じゃいられない」が大ヒット。その後も「恋心」「Sweet Emotion」などのヒット曲を連発したが、いきなりスターダムにのし上がった分、振り幅も大きく、沈んだ時期が10年ぐらい続いたのだという。

「自分は何のために歌い続けていくのか?」という歌手としての在り方がわからなくなったり、体調を壊して声が出なくなったりして、「相川七瀬をやめたい」と思ったことも。しかし、私生活で3児の母となり、落ち着いた生活や自分と向き合う時間ができたことで、少しずつ心身のバランスを取り戻し、また音楽と向き合えるようになった。

長い潜伏期間を振り返って、有吉さんは「(猿岩石の経験があるから)再ブレイクと言われても舞い上がったりしない。 何があるかわからないので、お金を無駄遣いしないで貯めないと」と身の丈より一個下の生活を心掛けるようになり、相川さんは「長かったけど、今思えばすごく貴重な時間でした。自我と戦ってきた10年だったし、足りないものを補ってきた10年でした」と語っている。逆境や苦難はたくさんのことを教えてくれるのだ。

人生はほとんど計画通りにいかないということは、それほど長生きしなくてもわかる。ずっとフラットな道を走って、安定したラップを刻めればいいのだが、ほとんどのマラソン大会のコースがそうであるように、人生にもアップダウンがあるのだ。思うようにいかない時期、うまくいかない時期は誰にでも訪れる。そんなとき、「この状況から何を学べるか」を考えられる人だけが、再浮上・再ブレイクすることができるのだと思う。