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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【福山雅治、大黒摩季】行き詰まったら視野を広げてみる

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先日、女優の吹石一恵さんとの結婚を発表した福山雅治さん。世の女性たちが”ましゃロス”に陥り、所属事務所「アミューズ」の株価が暴落するなど、凄まじい影響力を持った国民的ビッグスターだ。

18歳で歌手を目指して長崎から上京した福山さんは、念願のCDデビューを果たすも、しばらくは鳴かず飛ばずの状態が続いていた。端正な顔立ちだったため、役者の仕事を打診されることもあったが、「あくまでも歌手になるのが夢だった」ためにずっと断っていたという。

しかし行き詰まりを感じ、「映画でもドラマでもなんでもいいから、今はとにかく知名度を上げて、最終的に歌手として成功すればいいのでは?」と考えることにした。そうして出演したドラマ『愛はどうだ』で人気を集め、挿入歌となった「Goodnight」で結果的に歌手としても知られるようになったのである。 

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「夏が来る」「ら・ら・ら」「熱くなれ」などのヒット曲で知られる、シンガーソングライターの大黒摩季さん。高校卒業後に、福山さんと同じく歌手を目指して札幌から上京したのだが、デビューするまで4年間、所属事務所ビーイングの社長の方針でB'z、ZARD、TUBEなどのコーラスを担当させられた。

著書『ありがとうなんて絶対言わない』によると、大黒さんは人の後ろで歌うコーラスの仕事が大嫌いで、「私はコーラスをやりに来たんじゃないし、コーラスとして生きていきたくないから、アマチュアバンドでもう一回ソロヴォーカルに戻ります」と、会社を辞めて気晴らしにアメリカへ。そこで出会った黒人のブルースマンに、「音楽で食っていけるヤツは少ないんだよ。コーラスができるだけでも楽しいじゃないか、人生」と言われて、ただ音楽がやりたいだけの一心だった自分の原点に気がついたのである。

行き詰まっているときは、往々にして視野が狭くなっているものだ。福山さんと大黒さんは、「木を見て森を見ず(=役者の仕事はしない、コーラスは嫌)」だったのを、「木だけでなく森も見る(=役者も表現の一部としてやってみる、コーラスも音楽の一部としてやってみる)」ようにしたことが、人生のターニングポイントになった。

「森」を見て取り組んだことは、いつか自分に返ってくる。役者として表現力を学んだり、コーラスでいろいろな曲の音楽性を垣間見たりしたことは、きっと歌手活動にも大いに役立っただろう。人生は巡り巡っていくものなのだと、実感させられる。