人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【たま駅長、ニタマ駅長】逆境をチャンスに変える

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世の中の経営者には、逆境をチャンスに変えてきたエピソードを持つ人は少なくない。”たま駅長”の生みの親で、 廃線の危機にあった貴志川線を再生した、和歌山電鐵小嶋光信社長もその一人だ。

元々、たまは貴志駅の売店で飼われていたのだが、住んでいた猫小屋が公道上にあったために立ち退きを命じられた。そこで困った飼い主から「なんとか駅に住ませてもらえないか」と相談された小嶋社長が、「たまを駅長にしよう」と閃いたことから”世界初の三毛猫駅長”が誕生したのである。

たまが見送りや出迎えをする姿は新聞やテレビで取り上げられ、多くの人がたま目当てに貴志駅にやってくるようになった。2005年に約192万人だった乗客数は、2014年度には約227万人にまで伸び、地元にもたらした経済効果は11億円とも言われている。

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しかし順調な時は続かない。今年6月22日、たまが急性心不全で天国へ旅立ったという悲しい知らせが届いた。

駅長がいなくなってしまって、小嶋社長もどうしようかと悩んだことと思うが、さすがはアイデアマン。たまの四十九日の喪が明けた8月11日に、それまで駅長代理を務めていた部下の「ニタマ」を、二代目駅長として就任させたのだ。「たまに似た二番目の駅長猫」というのが名前の由来だそうだが、ニャンとも絶妙なネーミングである。今後はたまの遺志をしっかりと引き継いで、客招きに貢献してくれるだろう。

「猫の手も借りたい」という言葉があるが、和歌山電鐵たま駅長・ニタマ駅長という、まさに本物の猫の手を借りて廃線の危機を乗り越えた。たとえ土俵際まで追い込まれたとしても(逆境に直面しても)、最後にうっちゃる粘り腰があれば(考え方やアイデア次第で)、逆転勝利を上げる(チャンスに変える)ことができるのだ。

これから和歌山に行く機会があれば、ぜひ貴志駅のニタマ駅長を訪ねたいと思う。