人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【鍬原拓也、菅野剛士】プロ野球の世界に飛び込む、人一倍ハングリーな選手たち

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巨人16選手が施設見学 鍬原「すごい球団にいく」(11/21 日刊スポーツより)

 巨人からドラフトで指名された16選手(育成含む)が21日、川崎市内のジャイアンツ球場とジャイアンツ寮を見学した。寮ではトレーニング室などを見学し、昼食をとった。その後、ジャイアンツ球場ではロッカー室や室内練習場を訪れた。
 ドラフト1位で指名された中大・鍬原拓也投手(21)は「一日中、野球ができる環境にあると感じました。ブルペンが6つも並んだのを見たのも初めて。寮の地下にはプールもあって、いろんなトレーニングができる。しっかり体を鍛えられる場所だなと思いました。あらためて、すごい球団にいくと感じています。人気のあるチームですし、周りからもいろいろ見られる。言動、行動も見直さないとと思いました」と話した。 

 
今年のドラフト会議で指名された選手たちの仮契約のニュースが、続々と届いている。各球団の帽子をかぶり、初々しくポーズをとっている姿を見ると、「どうか怪我をしないで頑張ってほしい」と思わずにはいられない。

その中でも、巨人のドラフト1位・鍬原(くわはら)拓也選手(中央大)がジャイアンツ寮を見学した際に発した、「(部屋は)どこでも同じ。自分が出世すれば、そこが”出世部屋”になるので。そういう選手になりたい」というコメントは、プロの世界で成功したいという決意が伝わってきていいなぁと思った。

彼の生い立ちはドラフト当日のTBS特番でも紹介されていたけれど、幼少時に両親が離婚。その後は、奈良県内の家賃4000円の市営住宅で生活してきたそうだ。女手一つで育ててくれた母親に「家や車を買ってあげたい」。”親孝行”をモチベーションにしている選手は、チームの垣根を超えて応援したくなる。

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(※写真は「茨城新聞」より。久しぶりに諸積兼司さんの姿を見た!)

ロッテ ドラ4菅野「毎日毎日が勝負」 指名漏れ経験した苦労人(11/21 スポーツニッポンより)

 ロッテは21日、ドラフト4位指名の菅野剛士外野手(日立製作所)と茨城県日立市内で入団交渉に臨み、契約金5000万円、年俸1150万円(金額は推定)で合意した。
 1メートル71と小柄ながら、広角に長打を打ち分ける中距離打者。明大時代には六大学の最多二塁打記録も樹立した。「セールスポイントは外野の間を鋭いライナーで抜く勝負強い打撃。毎日毎日が勝負だと思うので、持っている力を出したい」と意気込みを語った。
 明大時代にはプロ志望届を提出したが指名漏れも経験。社会人で力をつけ、ようやくプロの世界にたどり着いた。「試合に出て結果を出さないといけないので、キャンプで首脳陣にアピールしたい。外野の一角に食い込んでいけるように」と狙いを定めた。


そして、パ・リーグにもハングリー精神を持って入団してきた選手がいる。ロッテのドラフト4位・菅野(すがの)剛士選手(日立製作所)。明大4年時にもプロ志望届を提出したが、同期の高山俊選手(阪神)・坂本誠志郎選手(阪神)・上原健太選手(日本ハム)が次々に名前を呼ばれる中で、一人だけ指名されないという屈辱を味わった。

明大の善波監督に「見返してやろう」と言われて、うつむきながら会場を後にした日から2年。ようやく彼らと同じ舞台へ。高山選手がツイッター「明治の同級生の菅野が社会人を経てロッテに!!本当におめでとう!!!最近の出来事で一番嬉しい!!!」と呟いていたけれど、自分も全く同じ気持ちだ。

ロッテは2005年に日本一になったが、そのときに清水直行さんとともに”3本柱”として活躍した渡辺俊介さんと小林宏之さんは、いずれもドラフト4位。最近だと、清田育宏選手や益田直也選手もそうだ。ロッテのドラフト4位は活躍するー。このジンクスがどうか来年も続きますように!

鍬原選手は野球に集中するために、ツイッターなどのSNSをすべて辞めたとのこと。また、東海大相模出身&名字が「すがの」の菅野選手は、巨人のエース・菅野智之選手と「血縁関係があるのでは?」と何度も間違えられてきたそうだ。成功には不可欠な「ストイックさ」を持っている苦労人の二人。これからも末永く応援したい。

原拓也選手&菅野剛士選手から学んだこと

成功には「ストイックさ」が不可欠。

 

【細山田武史】社会人で日本一になった元プロ野球選手

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(※ 写真は「毎日新聞デジタル」より。右が細山田選手)

元プロの意地!トヨタ自動車・細山田 俺も日本一 3度盗塁刺しV呼んだ(11/13 スポーツニッポンより)

スポニチ後援第43回社会人野球日本選手権最終日・決勝 トヨタ自動車3―1日本生命(2017年11月12日 京セラドーム)
 トヨタ自動車日本生命との決勝を3―1で制し、3大会ぶり5度目の優勝を果たした。元ソフトバンク細山田武史捕手(31)が序盤3度の盗塁阻止で流れを呼び、6回に河合完治内野手(25)が決勝打を放った。MVPには多木裕史外野手(27)が選出された。
 最後の打者を遊ゴロに仕留めると佐竹と抱き合い、喜びを爆発させた。昨年の都市対抗制覇に続く2大大会の頂点。トヨタ自動車の投手陣を引っ張ったのはプロの荒波にもまれた細山田だった。
 「社会人野球を経験して本当に勉強になった。新しい自分も発見できたし、より成長できたと思う」プロ時代はあまり評価されなかった肩で流れを引き寄せた。3回に二盗を2度阻止し、4回にも無死で出塁したDeNA2位指名の神里の二盗を刺した。DeNAの前身の横浜でプレーしていた09年に盗塁阻止率・173でリーグ最下位、11年も・188だった男が日本生命の足攻を完璧に防ぎきった。 


2017年の日本シリーズは、「ソフトバンク vs DeNA」という組み合わせになった。かつて、この両チームに在籍していた細山田武史選手が、15年11月に加入したトヨタ自動車の捕手として「日本選手権」で優勝!昨年の「都市対抗野球」に続いて、社会人二大大会で“日本一ダブル制覇”を達成した。

そんな細山田選手のこれまでのキャリアを振り返ってみると、とにかく苦労の多い人生だったことがわかる。

① 大学4年の夏、世界大学野球選手権の日本代表として、チェコへ遠征中に父親が死去
② 12年オフ、減額制限を大幅に越える1100万円ダウン(65%減)の600万円で更改
③ 13年オフ、戦力外通告を受け、トライアウトに専念するため予定していた結婚式を延期
④ 14年オフ、結婚式の当日に母親が式場で倒れ、4日後にクモ膜下出血で死亡 
⑤ 15年オフ、2度目の戦力外通告を受ける


②で契約更改を行ったときの「これから食事は吉野家松屋にする」という発言は、今でも記憶に残っている。31歳ですでに両親を亡くし、結婚式での晴れ姿を見せることもできなかった。なんて波乱万丈な人生なんだろう。心から「幸せになってほしい」と思わずにはいられない。

TBSの『プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男達~』や『バース・デイ』で何度か去就を特集されていたので、プロ野球をクビになってからどうしているのかとずっと気になっていた。だから今回の報道で、社会人の安定した生活を得て、好きな野球を続けていることがわかって本当に嬉しく思う。捨てる神あれば拾う神あり。やっぱり一生懸命やっている人は、どこかで誰かが見ているのだ。

将来は、野球の指導者になりたいとのこと。2度の戦力外通告、トライアウト受験、育成契約など、挫折をたくさん経験したプロ野球生活は、指導者になったとき「最強の武器」になる。

人生はプラスマイナスゼロ。もしこれが事実なら、きっと細山田選手にはこれからたくさんプラスの時間が訪れるだろう。体が動くうちは、まだまだ現役で頑張ってほしい!

細山田武史選手から学んだこと

捨てる神あれば拾う神あり。見ている人はちゃんと見てくれている。

 

【ジェイソン・ブラウン】欠場の羽生選手に、日本語でメッセージを送ったスケーター

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羽生に魂のメッセージ送ったブラウンに大歓声「本当にありがたかった」(11/11 デイリースポーツより)

フィギュアスケート・NHK杯」(11日、大阪市中央体育館
 男子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)3位のジェイソン・ブラウン(米国)はフリー4位、合計245・95点で総合4位となった。前日のSPの演技後に、右足首のじん帯損傷で大会を欠場した羽生結弦(ANA)に向けて「ゆずるさんへ、はやくよくなってください!!ジェーソン」と紙に書いた日本語のメッセージを送ったブラウンには、フリーの演技前から観客の大歓声が降り注いだ。


外国人が一生懸命書いた日本語って、なんて可愛いんだろう!名前が「ヅェーソン」と「ジ」ではなく「ヅ」みたいになっているのもたまらない!

ジェイソン・ブラウン選手(アメリカ)が、大会に出場できなかった日本のエースに送ったメッセージ。こんなことをされたら、観客から大歓声が降り注ぐのも当然である。

ソチ五輪浅田真央さんがショートプログラムで大きく出遅れたとき、世界中のスケーターが「#GoMao」「#MaoFight」というハッシュタグをつけて、メッセージを送ったことがあったけど、フィギュアスケートの選手たちはライバルでありながらも、どこか「戦友」「仲間」というような意識があるように思う。

それにしてもこの写真のジェイソン選手、見るからに性格が良さそうな顔をしている!今から数年前に、『人は見た目が9割』というタイトルの本がベストセラーになったけど、やっぱり優しい人柄は顔に出るものなのだ。

彼にとって羽生選手は、男子シングルでトップを争う”ライバル”。怪我が治って復帰すれば、自分の順位が一つ下がる可能性だってあるのに、それでも「ゆずるさんへ、はやくよくなってください!!」。なかなか言えないことだし、こういう温かいやりとりを見ると、フィギュアスケートって本当にいいなぁと改めて実感する。

普段生きていて、「日本人としての愛国心」のようなものを意識することはあまりないのだけど、海外の選手が一生懸命覚えた日本語でメッセージを送ってくれるというのは、どう考えても嬉しい。「セーラームーン」のエキシビションをやってくれるメドベージェワ選手に対しても、同じ思いだ。きっと平昌五輪でも、二人のことはひいき目に見てしまうだろう。

 

ジェイソン・ブラウン選手から学んだこと

「良い人オーラ」「優しい人柄」は顔に出るもの。

 

【山中伸弥】市民ランナーの最高峰、「別府大分毎日マラソン」にエントリー

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(※ 写真は「朝日新聞デジタル」より)

<別大マラソン>山中伸弥教授が初エントリー 来年2月(11/8 毎日新聞より)

 来年2月4日に行われる第67回別府大分毎日マラソン大会毎日新聞社など主催)の「カテゴリー4」(一般・持ちタイム3時間~3時間半)の出場者が8日発表され、ノーベル医学生理学賞を受賞した京大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授(55)が初めてエントリーした。参加資格タイムの厳しさから市民ランナーの「最高峰」とされるレースだが、山中教授は「憧れの大会に出るチャンスを頂いた。ゴールできるように頑張りたい」と完走を目標に掲げる。
 大学ではラグビー部だった山中教授は20代に3度、マラソンに出場。その後は走ることから遠ざかっていたが、2011年に大阪マラソンが誕生したのを機に「40代最後の記念に」と再開し、各地のレースに参加してきた。自己記録が4時間を切ると目標を別府大分出場に置き、今年2月の京都マラソンで自己ベストの3時間27分45秒を出し、参加条件を満たした。


自分は市民ランナーなのだけど、『別府大分毎日マラソン』(以下、別大)は憧れの舞台である。この大会は、持ちタイムが3時間半を切っていないと出場資格が得られない。現在の自己ベストは3時間41分。あと11分が縮められず、今のところ別大は毎年テレビ観戦となっている。

東京・大阪・名古屋などの都市型マラソンは、雰囲気がとても華やかで「お祭り感」があるのだが、別大は厳かな「競技会」というかんじ。英語で言うと、「festival」ではなく「competition」。これがたまらなくいいのだ。完走メダルなんてない。もらえるのはタオルだけ。別大のフィニッシャータオルは本当に価値がある。

そんな市民ランナーにとって”最高峰”の大会に、京大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授がエントリーしたとのこと!今年2月の「京都マラソン」を3時間27分45秒で完走し、参加資格を得た。レース当日は海外出張から帰国した翌日だったそうで、時差ボケや疲労がある中で、サブ3.5を達成したなんて凄すぎる!

個人的に、何度か山中先生と同じレースに出たことがあるのだが、走っているときは”修行僧”のようなかんじで、とにかく淡々とピッチを刻んでいる。ランニングコーチの金哲彦さんが、著書『ランニングとビジネス 成功する人、しない人』の中で、「コツコツと、一定のリズムで積み重ねる人は、やはりどんな分野においても強い」と言っていたけれど、本当にその通りだと思う。

でも完全に自分の世界に入り込んで、周囲をシャットアウトしているわけではない。沿道から「山中先生、頑張って!」と言われると、律儀に手を上げて応えているし、レース中に並走する機会があり、勇気を出して「ノーベル賞おめでとうございます!これからも研究頑張ってください!」と話しかけたら、「ありがとう。今日は頑張ろう!」と優しい言葉をかけていただいたこともある。

山中先生は、研究資金を募るために”チャリティーランナー”として大会に出ることが多いのだが、来年の別大では募金は行わず、「一ランナーとして挑戦したい」。同じ2月には勤務先のすぐ近くを走る「京都マラソン」もあるのに、あえて別大を選んだというのは、参加資格があるうちにチャレンジしたいということなのだろう。

民主党政権時代には、iPS細胞が事業仕分けの対象となって研究費を減らされかけたり、研修医時代には手術が下手で、「おまえは山中ではなく”じゃまなか”だ」と同僚から邪魔者扱いされたり、苦労や挫折を経験してきた人だからこそ、よりいっそう応援したい気持ちが強くなる。別大では途中の厳しい関門を突破して、完走目指して頑張ってほしい。

 

山中伸弥教授から学んだこと

どんな分野でも、コツコツと一定のリズムで積み重ねる人は強い。

 

【遠藤尚】男子モーグルの第一人者、現役最後のシーズンへ

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(※ 写真は「スポーツナビ」より)

男子モーグルの第一人者・遠藤尚「平昌五輪で引退」(6/18 日刊スポーツより)

 3大会連続の五輪出場を目指すフリースタイルスキーモーグルの男子の第一人者、遠藤尚(26=忍建設)が来年2月の平昌五輪を最後に現役を退く意向を明かした。17日、山形県内で日本の主力選手の強化合宿が公開され、遠藤は「次の五輪で引退するつもりでいる」と語った。
 引退を視野に入れていた14年ソチ五輪では15位。「メダルを取れると思ってしまった」と慢心を悔い、現役を続行した。14~15年シーズンは開幕から2戦連続で表彰台に立ち、日本人男子初となるW杯総合ランク首位に立ったが、その直後に腰椎を圧迫骨折した。16年に手術した右肩は回復したが、今は左肩痛に苦しむ。ここ3カ月は上半身のトレーニングができていないという。満身創痍(そうい)の体で「(22年北京五輪にも)出場は出来るかもしれない。ただ出るためにやっていない。メダルを望めないならばやりたくない」と、心は決まっている。


2017年10月31日に、全日本スキー連盟がシーズン到来を告げる恒例の「テイクオフ会見」を開いた。男子モーグルの第一人者・遠藤尚選手(忍建設)にとって、現役最後のシーズンがいよいよ始まる。

バンクーバー(7位)・ソチ(15位)に続いて、自身3度目の五輪となる来年2月の平昌大会は、頂点を目指せる”ラストチャンス”だと思っているとのこと。「金メダルを狙える体と気持ちがなくなれば、そこで辞めます」。

1位やメダルにこだわらなければ、まだあと数年は日本代表としてW杯を転戦する実力があるのに、「優勝争いに加われないなら辞める」という”引き際の美学”が素晴らしい!

今シーズン限りでの引退ということになると、遠藤選手に残された試合はあと10試合ほど。「まだいっぱい試合がある」と考えながら臨むシーズンと、「人生最後の10試合」と覚悟したシーズンでは、気合いの入り方が違うのは当然である。

練習から手を抜くわけにはいかないし、毎日のトレーニングに魂を込めつつ、でもどこか純粋な思いでモーグルと向き合う。本人は今のこの時間が、「すごく魅力的に映っている」そうだ。

マラソン大会でも、足を引きずって歩いていたのに、フィニッシュゲートが見えた途端に急に元気になって、ラストスパートをかける市民ランナーがたくさんいる。連続ドラマに出演している役者さんは、どれだけ過酷なスケジュールでも3~4ヶ月たてば必ず撮影が終わるから、その期間だけは頑張れると聞く。

このように、人間は終わりが見えると頑張れるもの。今年3月の『フリースタイルスキー世界選手権』では、堀島行真選手(中京大)が大会史上初となるモーグル、デュアルモーグルの男子2冠に輝いた。長らく日本のモーグル界を引っ張ってきた遠藤選手としては、内心期するものがあるだろう。出し惜しみのない渾身のラストスパートからの~華麗なフィナーレを飾ってほしい。12月からいよいよ、平昌五輪シーズンが開幕する。

 

遠藤尚選手から学んだこと

人間は、終わりが見えると頑張れるもの。

 

【瀬古利彦】目標としていた舞台に立てる幸せ

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(※ 写真は「DeNAランニングクラブ」のホームページより)

台風22号の影響で29日の「横浜マラソン」が中止に(10/28 スポーツニッポンより)

 29日に開催予定の「横浜マラソン」が台風22号の影響を考え中止となった。同組織委員会が28日、公式サイトで発表。
 「気象庁発表の台風22号の予報によると、明日の大会時には、強風圏に入ることが確実な状況になりました。ランナー及びボランティアの安全確保を最優先に考え、今大会は中止いたします。大会を楽しみにしていた皆様には、大変申し訳ございませんが、ご理解いただきますようお願いいたします」としている。
 同大会にはフルマラソン、1/7フルマラソン、車いすを含め、計約2万8000人の参加が予定されていた。


2017年10月29日(日)、市民ランナーの自分は『横浜マラソン』に出場する予定だった。10月はブログの更新頻度をいつもの半分ぐらいに抑えて、トレーニングや体のケアに時間を割き、仕上がりはまずまずと言ったところ。

前日の午後に横浜入り。受付を済ませ、ホテルでゼッケンを付けて、「たとえ大雨でも、絶対に完走するぞ」と覚悟を決めたタイミングでの中止発表。直前のカーボローディングで溜め込んだ炭水化物が、腹の中にとどまることなる(つまりただ太っただけ!)という恐ろしい事実に気づく。人間は、自然の前ではなんと無力なことか・・・。

なかなか気持ちの切り替えができず、呆然としながらホテルのベッドに寝転んでいると、なぜか伝説のマラソンランナー・瀬古利彦さん(現DeNAランニングクラブ総監督)のことが頭に浮かんできたのである!

1978、79年の『福岡国際マラソン』を連覇し、絶頂期の24歳で80年モスクワ五輪を迎えたが、日本は参加をボイコット。出場が叶わなかった。怪我や病気で欠場するならまだ諦めもつくのだろうけど、”国際政治”という個人の力ではどうにもできないことに翻弄されて、戦いの舞台に上がることすらできないというのは、どれほど辛くて、悔しくて、無念なことだったか。

今回、自分も”台風22号”という不可抗力の事由に翻弄されてスタートラインに立てなくなり、(全然レベルは違うけど)少しだけ瀬古さんの気持ちがわかったような気がする。出場予定のフルマラソンが中止になったのは、人生で初めて。これまでにレースで何度も味わってきた”後半に失速する悔しさ”は、大会が無事に開催されたからこそ味わえる”尊い感情”だったのだ。

「目標としていた舞台に立てる」というのは当たり前ではなく、本当に幸せなことなんだと、横浜マラソン当日に「土砂降りの空」を見上げながらひしひしと実感。お腹に溜まったままの炭水化物を消費するため、近々練習を再開しようと思う。

 

瀬古利彦さんから学んだこと

「目標としていた舞台に立てる」のは当たり前ではなく、本当に幸せなこと。

 

【山口衛里】Qちゃんの金メダルをアシストした、心優しきマラソンランナー

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(※ 写真は「時事ドットコム」より)

2017年10月28日(土)で、東京五輪パラリンピックまであと1000日。そこで先日、過去のオリンピックの名場面を振り返るべく、NHKのシドニー五輪女子マラソンのドキュメント『高橋尚子 私の42.195キロ』の再放送があった。

レースのVTRはもう何度も見ているし、結果も分かっているのに、久しぶりに映像で目にすると、感動で涙が止まらない。このときのQちゃんって、本当に凄かったんだなぁと改めて実感!

今回の再放送を見て、個人的に一番印象に残ったのは、18キロ地点の給水のエピソードである。高橋さんは水を取り損なってしまったのだが、それを見た同じ日本代表の山口衛里さんが、すぐに自分のボトルを手渡したのだ。(その後、このボトルは同じく取り損ねた市橋有里さんの元に回された)。

この行動に関して、山口さんはレース後に周囲の人から「優しすぎる」と言われたそうだ。でも、「考えるな、感じろ!」「Don’t Think. Feel!」というブルース・リーの名言があるように、おそらく後々のことを考える前に、直感でボトルを渡したのだろう。

このように、計算ずくではない咄嗟の行動には、その人の「本当の人柄」が出るものだ。山口さんは”美人ランナー”だけど、きっと心もすごくキレイで、優しい人なんだと思う。

マラソンは個人競技だし、全くの同タイムでゴールすることがないかぎり、金メダルを獲れるのは一人だけ。でも山口さんは、たとえライバルを手助けすることになったとしても、「日本代表の3人を盛り上げていきたかった」。結果的に、高橋さんは水をもらった嬉しさでスパートし、この直後から先頭に立った。

このレースで山口さんは、5キロ地点で他の選手と接触して転倒。一時期は20位近くまで後退しながら、諦めずに必死に追い上げて7位入賞を果たした。Qちゃんの金メダルと比べると霞んでしまうけど、これはこれで本当に立派な結果だと思う。

市民ランナーの自分は、「高橋尚子野口みずき有森裕子」の五輪メダリスト3人衆とはハイタッチをしたことがある。今度は山口さんがゲストランナーの大会にも出てみたい。

 

山口衛里さんから学んだこと

とっさの行動には、その人の人柄や人間性が出るもの。