人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【海堀あゆみ】元なでしこの守護神が、フィールドプレイヤーとして現役復帰!

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元日本代表GK海堀が現役復帰 熊本ルネサンスでは得点王目指す(5/5 デイリースポーツより)

 サッカー女子日本代表なでしこジャパン」の元GKで九州女子リーグの熊本ルネサンスに加入した海堀あゆみ(30)が4日、熊本県嘉島町内でチームの練習に初参加した。フィールドプレーヤーとコーチの兼任で、早ければ7日の同リーグ秀岳館高戦(同町総合運動公園)でデビューする予定。「(GKとして)散々やられたので、点を取りたい」と守護神から得点王への転身に意欲を示した。
 海堀は2011年の女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で正GKとして優勝に貢献するなど、国際Aマッチに53試合出場。昨年1月に引退し、昨秋慶大に入学したばかりだった。
 それが地震で練習場もスポンサーも失い、存続危機に陥ったチームを再建させようとする、かつて所属したINAC神戸でゼネラルマネジャー(GM)を務め、現在は熊本ルネサンスGMの山下恭典氏の熱意に「熊本にはINAC時代に試合でよく来ていたので親しみがあった。女子サッカー界にも恩返ししたかった」と現役復帰を決断した。
 慶大に通いながら週末に熊本入りし、なでしこチャレンジリーグ昇格を目指す。「新たなチャレンジがしたい」と、本職のGKではなく高校2年まで務めたフィールドプレーヤーにこだわる。ポジションは未定だが「ピッチの最後方から見てきたことを伝えたい」と経験を惜しまず注入する。


昨年1月に現役引退を表明した元なでしこジャパン海堀あゆみ選手が、九州女子リーグの「熊本ルネサンスFC」で現役復帰!しかも、本職のゴールキーパーではなく、フィールドプレイヤーとして!

海堀選手といえば、真っ先に思い出すのは11年の『女子W杯ドイツ大会』だろう。アメリカとの決勝、PK戦でスーパーセーブを連発。この試合のMVPに輝き、日本の初優勝の立役者となった。特に、相手の一人目を足で止めたシーンは、今思い出しても鳥肌モノである(この瞬間、なんか勝てるような予感がした)。

しかし、今回の復帰にあたって、チームのGMと交わした約束は「GKとしては復帰しない」。GKとしては十分にやり切ったという思いがあり、「未練は全くないし、自分の中でもきっぱり終わっていること」。だから、心機一転、フィールドプレイヤーとしての登録を望んだということだ。

自分は市民ランナーなのだけど、フルマラソンで「サブ3」とか「サブ3.5」といった目標を達成した後、少し”燃え尽き症候群”みたいになってしまったラン仲間が、新たにウルトラマラソンやトレイルランに挑戦したりしている。せっかくある程度のレベルで走れるようになったのだから、辞めてしまうのはもったいない。これまでに培った走力を生かして、また違った方向からランニングと向き合おうというわけである。

このように、「競技への繋がりを完全に断つのではなく、少し関わり方を変えてみる」というのは、すごくいいことだと思う。それなりの実績や経験を持っている人間ならなおさらだ。さきほどのラン仲間は、出場する「種目」を変えたが、海堀さんは「ポジション」を変えることにした。最近、注目度が下降気味の女子サッカー界の”新たな起爆剤”としても素晴らしいチャレンジだし、心から応援したい。

よく考えてみると、GKの嫌がるコースやタイミングというのは、他の誰よりも、海堀選手自身が一番よく知っているはずなのだ。だから、今度はフィールドプレイヤーとして、そのプレーができるようになれば・・・。

サッカーを始めた小学2年から高校2年までは、DFをやっていたらしいので、全くの門外漢というわけでもない。「いつか、”あの人、昔、GKやってたんだって”と、サッカーファンはFWの私しか知らないぐらいになれたら」。守護神からエースストライカーへ。競技人生の第2章に注目したい。

 

海堀あゆみ選手から学んだこと

行き詰ったときや、少し疲れたときは、角度を変えて物事を見てみる。

 

【末続慎吾】「世界陸上の銅メダリスト」が9年ぶりに日本選手権に復帰!

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末続慎吾9年ぶり出場へエントリー 日本選手権(5/26 日刊スポーツより)

 陸上男子の末続慎吾(SEISA)が、20秒03の日本記録を持つ200メートルで日本選手権(6月・ヤンマースタジアム長居)の参加資格を満たし、9年ぶりの出場に向けてエントリーしたことが26日、分かった。
 末続は5月に米テキサス州で行われた大会で20秒94をマーク。昨年の九州選手権2位と、日本選手権の参加標準記録Bの20秒95を突破したことで出場資格を得た。末続は「日本で一番の舞台なので、そこに臨めるのは幸せ」と話した。
 末続は2008年北京五輪400メートルリレーで銅メダル獲得。その後、長期休養を経て11年にレースに復帰したが、日本選手権は08年を最後に出場していなかった。


今年に入ってから、フィギュアスケート浅田真央選手とゴルフの宮里藍選手、個人的にも大好きだった2人のアスリートが相次いで現役引退を表明。寂しい思いをしていたところ、「末續慎吾選手が9年ぶりに日本選手権に復帰」という嬉しいニュースが飛び込んできた!

5月に米・テキサス州で行われた200メートルの記録会で20秒94をマーク。日本選手権の参加標準記録B(20秒95)を突破した。03年パリ世界陸上の同種目で銅メダルを獲得したスプリンターも、現在37歳。08年北京五輪の400メートルリレーで銅メダルを獲得したとき、アンカーの朝原宣治さんは36歳だった。その年齢を超えてもなお現役を続けて、こうして再び表舞台に戻ってくるというだけで頭が下がる。

「お年寄りを大切にしよう」という標語があるけれど、スポーツの世界はお年寄りには”全然優しくない”ところだ。べテランだからと言って、わざと勝たせてくれるようなことはないし、若くて有望な選手は次から次へと出てくる。短距離も年齢は関係なく、ゴールした瞬間に勝ち負けがはっきり出る。清々しいけど、残酷でもある。

だから身近な人からは、「もう引退した方がいい」「メダリストの名を汚す」などと忠告されたそうだが、本人はまだまだ走ることへの意欲を失っていない。以前、王貞治さんが「(歳をとると)肉体的に、今までできたことができないこともある。自分もそこを通ってきた。でも、辞めるまでは前に行かなきゃいかんのよ!」と言っていた。末続選手も、「走りというものをとにかく前に進める。それが結果的にどういうストーリーになるかはわからないけど」。

03年に200メートルで出した20秒03という日本記録は、14年たった今も塗り替えられていない。昔の自分を超えられないのは本人だけでなく、すべての日本人スプリンターが超えられていないのだ。そんな凄すぎた全盛期と比べても仕方がないから、「今の自分の走り」というものをとにかく前に進めること。昨日よりも今日、今日よりも明日、1ミリずつでもいいから自分をアップデートする作業は、王さんの言うとおり、現役を引退するまではずっと続いていくのだろう。

『陸上日本選手権』は、来週6月23日~25日まで3日間、大阪の長居スタジアムで行われる。男子200メートルは予選(2組、3着+2)が2日目、決勝が最終日という日程だ。世界陸上とオリンピック、両方のメダルを持っている”陸上界のレジェンド”が元気に走っている姿が、1回でも多く見られると嬉しい。

 

末続慎吾選手から学んだこと

過去は過去。今の自分を受け入れて、毎日少しずつ前に進めよう。

 

【加藤恒平】日本代表に招集された、さすらいのフットボーラー

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“シンデレラボーイ”加藤恒平が笑顔で代表宿舎入り(5/28 スポーツ報知より)

 サッカーの日本代表は28日午後、千葉県内で6月7日親善試合シリア戦(東京ス)、同13日ロシアW杯アジア最終予選イラク戦(イラン)に向けた海外組のみの合宿をスタートさせる。代表初招集となった“シンデレラボーイ”MF加藤恒平(27)=ブルガリア1部ベロエ・スタラ・ザゴラ=はこの日の午前、関係者の運転する車で宿舎に到着。白いTシャツにジーンズで登場した加藤は、代表スタッフに出迎えられると「よろしくお願いします」と握手していた。


27歳でハリルジャパンに初選出された、加藤恒平選手。7日の親善試合に続いて、13日のイラク戦も出番はなく、国際Aマッチデビューはお預けとなったが、「今は序列が一番下だけど、追いつけないレベルかと言えばそうでもない。いつかスタメンになりたい」。強い選手が集まるところに突然放り込まれても、臆することのないハートの強さが素晴らしい!

立命館大学時代から、アルゼンチン、モンテネグロポーランドブルガリアの4ヵ国を渡り歩いてきた”さすらいのフットボーラー”。Jリーグでの選手経験はなく、自分の実力だけを頼りにキャリアを切り拓いてきた。「周りから見たらすごい遅い感じだと思うが、僕には全て必要な時間だった」

アルゼンチンでは、猟銃を持ったサポーターがロッカーに乱入してきて、このまま死ぬんじゃないかと思ったこともあったそうだ。なかなかの壮絶な体験だが、「強い選手はこんな経験しない。自分はまだまだ弱いと思ってやってきた」。

言葉や生活習慣の違いなど、大変な思いをしていることを”他人のせい”や”環境のせい”にするのではなく、”自分のせい”だと思っている。口癖は「自分には才能がないんです」。こういう強い向上心を持った選手に、スポットライトが当たることは本当に嬉しいし、素直に応援したくなる。

昨今の芸能界では、ディーン・フジオカさんや大谷亮平さんなど、先に海外で活躍してから日本でブレイクするという「逆輸入俳優」が注目されている。生きる世界は違えど、加藤選手も同じようなものだ。富士山に登るには、吉田ルートや御殿場ルートなどいくつかのルートがあるけれど、彼がこれから活躍すれば、「サッカー日本代表」という頂上に登るための、新たなルート(=逆輸入)を作ることになる。

もし自分が加藤選手の立場なら、「高額年俸&通訳付き」の恵まれた環境でやっている選手には絶対負けたくないと思う。次のW杯予選は8月31日。さすらいフットボーラーのお披露目なるか。天王山のオーストラリア戦が、今から楽しみだ。

 

加藤恒平選手から学んだこと

うまくいかないのは、自分のせい。遠回りしたからこそ、今がある。

 

【大田泰示】「未完の大器」が古巣に強烈な恩返し!

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大田 貫いた古巣・巨人への敬意 お立ち台決めゼリフ「ご勘弁ください」(6/11 スポーツニッポンより)

日本生命セ・パ交流戦 日本ハム3―2巨人(2017年6月10日 札幌ドーム)
 古巣に意地を見せた!日本ハム大田泰示外野手(27)が10日、昨季まで在籍した巨人戦に移籍後初となる「1番・DH」でスタメン出場。初回にバックスクリーンへ昨年6月5日以来、自身2度目の先頭弾を放つなど3安打で勝利に貢献した。
 6連敗で迎えた巨人との第2ラウンド。不振の中田が4番から3番に配置転換されるなど、栗山監督は大幅な打線の組み替えを行った。大田は移籍後初の1番でいきなり初回に7号先頭弾。6回は先頭で左前打を放ち、1点を追う8回無死一塁は「送りバントのサインが出なくて意気に感じた」という気迫の中前打で好機を広げた。その後に中田が決勝の2点二塁打を放ち、連敗が止まった。
 お立ち台の最後に決めゼリフの「ファイターズ、最高!」を求められたが「いろいろと諸事情があり、ご勘弁ください」と固辞。「巨人での8年間があって今がある」という古巣への敬意と感謝の気持ちが、そうさせた。これも、大田が周囲から愛される理由だろう。


日本ハム大田泰示(たいし)選手が、古巣・巨人相手の3連戦で、10打数7安打、2本塁打の大活躍!188センチ、95キロ、”未完の大器”と呼ばれる男が、これ以上ない「強烈な恩返し」を食らわせた。

巨人時代は8年間で9本塁打だったのに、今シーズンは早くも8本。経営コンサルタント大前研一さんが、「人間が変わる方法は三つしかない。一つは時間配分を変える。二番目は住む場所を変える。三番目は付き合う人を変える。この三つの要素でしか人間は変わらない」と言っていたけど、二番目と三番目を変えるだけで、人はこんなにも変わるものなのだ!

常に勝つことが求められて、ミスが許されない巨人。入団1年目から、松井秀喜さんの「背番号55」を与えられたのもプレッシャーだったのかもしれない。トレードという形だったけど、日本ハムに移籍したことで重圧から解放されて、今はのびのびとプレーしているように見える。

学生時代にそれなりに名を馳せた選手でも、プロの世界に入って、一年目からパーフェクトな答えを出し続けることは難しい。あの王貞治さんだって、デビューから26打席ノーヒットだったし、長嶋茂雄さんもデビュー戦は4打席連続三振だった。

そこから「失敗は成功のマザー」になるまで、当時の監督が我慢強く使い続けたからこそ、ONの二人は”球界のレジェンド”になったわけだが、今の巨人は勝利を優先するあまり、若い選手を我慢して使うことができない。打てなかったらすぐに2軍に落とす。この繰り返しだから、生え抜きの野手が育たないのだ。

トリプルスリーを達成した山田哲人選手(ヤクルト)や、柳田悠岐選手(ソフトバンク)も、もし巨人に入っていたら今頃どうなっていただろうかと思う。”その時”にどこの球団に入るか、どんな指導者と出会うかによって、野球選手の人生は大きく変わってしまう。

昨年11月、巨人とのトレードが成立し、大田選手の入団会見が行われた際、栗山監督は「喉から手が出るほど欲しかった」とコメントしていた。なんでも、東海大相模高校時代からその素材に目をつけていて、周囲に「いい選手ですよね」と話していたらしい。こういうことを言われて、意気に感じない人間はいないだろう。クラーク博士のお膝元・北海道で「大志(泰示)を抱いて」、これからも頑張ってほしい!

 

大田泰示選手から学んだこと

環境の変化は、自分の潜在能力を開花させるチャンス。

 

【クリス・マレーロ】ホームベースを踏み忘れた助っ人が、翌日に見事なリベンジ!

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マレーロ 踏み忘れショック一掃弾「たくさんのファンが確認していた」(6/10 スポーツニッポンより)

日本生命セ・パ交流戦 オリックス5―3中日(2017年6月10日 京セラD)
 オリックスの新外国人マレーロが“2試合連続の来日1号”を放って本拠地のファンを沸かせた。前日は本塁を踏み忘れる珍事で“幻の本塁打”となったが、この日は0―0の4回無死、中日先発・柳の直球を完璧に捉えて左中間5階席に飛び込む正真正銘の先制1号ソロ。ベースを一周すると両足でしっかりホームベースを踏んで観客の大歓声を浴びた。
 来日初体験となったお立ち台では日本語で「アリガト」とつぶやきながら、「チームの勝利に貢献できてよかった」と笑顔を見せた28歳。「たくさんのファンの方が、私がきっちりホームプレートを踏むのを確認していたと思います」と自ら話題にして沸かせると、今後のアーチ量産を約束していた。


オリックスの新外国人、クリス・マレーロ選手が9日の中日戦で来日初アーチ・・・と思いきや、喜びのあまりホームベースを「空過」してしまい、幻になってしまう珍事が発生。プロ野球で、ホームランを打ったのに得点が入らない。まさかこんなことがあるなんて!

どうやら、本塁付近ではしゃぎながら出迎えた、球団マスコット「バファローブル」と「バファローベル」の2人に気を取られて、走路が少しずれてしまったことが原因らしい。その後、ブルとベルは球団の人に怒られて落ち込んでいたそうだ(なんだか可哀想・・・)。

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しかし、転んでもただでは起きないマレーロ選手は、翌日10日に、左中間スタンドの5階席に飛び込む特大アーチを放った。この写真、両足で慎重にホームベースを踏みしめる仕草がかわいい!試合後のお立ち台では、「きっちりとベースを踏むのを、ファンの方も確認していたと思います」

スポーツは人間が行うもので、人間である以上はミスがつきものだ。でも、ミスが許されるのは一回まで。何度も同じことを繰り返せば、「学習能力ゼロ」と見なされる。翌日に汚名返上の一発を放ち、今度はきちんと本塁を踏んで、ミスを”笑い話”に変えたマレーロ選手は、これからの活躍も期待大である。

昨日、ホームランを放った際は、ブルとベルは出迎えを”自粛”したそうだが、どうせなら今後はホームベースの後ろで待機して、「ちゃんとベースを踏めよ!踏めよ!」みたいな大袈裟なジェスチャーをすれば、観客も盛り上がると思う。

デビュー2試合で、良くも悪くも”強烈なインパクト”を残したマレーロ選手。怪我人が相次いだ5月は、4勝19敗と絶不調だったオリックスの救世主になってほしい!

 

クリス・マレーロ選手から学んだこと

ミスが許されるのは一回まで。

 

【佐藤琢磨】グリコの看板になったレーシングドライバー

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両手突き上げた佐藤琢磨選手「道頓堀グリコ」に(6/2 読売新聞より)

 大阪・道頓堀の観光名所「道頓堀グリコサイン(看板)」で1日、米国伝統の自動車レース「インディアナポリス500マイル(インディ500)」で日本人初優勝を飾ったレーシングドライバー佐藤琢磨選手の特別映像の上映が始まった。7日まで。
 特別映像には、レースの画像や佐藤選手が両手を突き上げて喜びに浸っている姿が約1分間収められており、日没30分後以降、午前0時まで15分おきに流れる。この日、午後7時45分に初回の画像が映し出されると、カメラを向けて記念撮影する観光客らの姿がみられた。
 江崎グリコは、佐藤選手の東日本大震災の復興支援活動に対し、資金援助などの協力をしている。


世界三大自動車レースの一つ、『インディ500』。今年101回目の開催を迎えたこの世界最高峰のレースで、佐藤琢磨選手が日本人初の優勝という快挙!この結果を受けて、アメリカ人の記者が「とても不愉快だ」とツイートし、スピード解雇される騒動が起こるくらいの凄いニュースなのに、どうも国内での扱いが小さい。

そこで、この”歴史的快挙”をもっと多くの人に知ってもらうために、ひと肌脱いだのが江崎グリコである。2010年から、「佐藤選手の夢をあきらめないで追いかけるチャレンジスピリッツが企業イメージと合致している」とサポートを開始。このたび、同社の道頓堀の電子看板に登場することになった。

上の写真がそれなのだが、両手を上げたガッツポーズがまさにグリコマークとかぶっていて、全く違和感がない!欲を言えば、片足で立っていれば完璧だったけど、このときはまさか自分が看板になるなんて思ってもいなかっただろうから、まあそれは仕方がない。こういう”いかにも大阪らしいノリ”で偉業を称えるグリコさんは、本当に粋だし、ユーモアがあって、素敵な会社だと思う。

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6月7日の地方紙に、スポンサーのHONDAが全面広告を出していた。満面の笑顔の佐藤選手の横に添えられていたキャッピコピーは、「走り続けることでしか、叶えられないことがある」。すごくいい言葉だなぁと思って、この言葉を紹介したくて、自分は今この記事を書いている。

2008年にF1ドライバーのシートを失って、10年からは「インディカー・シリーズ」に参戦。戦う舞台が変わっても、走り続けたからこそ訪れたレーサー人生最高の瞬間。「ずっと夢を追いかけてそれが今日叶いました。信じることって本当に大切」(※佐藤琢磨選手、公式ブログより)

努力は必ずしも報われるとは限らない。だからこそ、報われるまで努力する。夢が叶うまで走り続ける。他人から見ると奇跡だと思えるようなことでも、本人はその結果を出すために相応のことをやってきたに違いない。佐藤選手、本当におめでとう。今からコンビニに行って、ポッキーかプリッツを買ってこようと思う。

 

佐藤琢磨選手から学んだこと

走り続けることでしか、叶えられないことがある。

 

【山本大貴】「高校通算本塁打」の最多記録保持者は、JRの駅員として奮闘中

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早実・清宮、高校通算100号!享栄戦で135メートル場外弾「絶対無理だと思っていた」(6/4 スポーツ報知より)

◆愛知県高野連招待試合 ▽第2試合 享栄5―1早実(4日・小牧)
 今秋ドラフト目玉の早実(東京)・清宮幸太郎内野手(3年)が、愛知県高野連招待試合の享栄戦に「3番・一塁」で出場し、高校通算100号を放った。
 5点を追う9回1死の第4打席。初球の直球を右中間席場外に運んだ。特大の推定135メートル弾に「完璧。打った瞬間、歓声がものすごく聞こえた」と笑みを浮かべた。3日の同招待の中京大中京戦で2本、桜丘戦で1本放ち、通算99発に。この日、第1試合・至学館戦では4打数無安打1四球。第2試合で左飛、右前安打、右翼線二塁打の後、最終打席で大台に到達した。
 100本の数字については「すごいこと、というか、あんまり実感がない。絶対無理だと思っていた。味方も享栄の選手も、おめでとうと言ってくれて。いつもの1本と違う」と口にした。史上最多とされるのは、神港学園山本大貴の107本。怪物は「打てるだけ、がんばります」と前を見据えた。

 
2004年にイチロー選手が、メジャーリーグの「シーズン最多安打記録」を84年ぶりに塗り替えた際、抜かれたジョージ・シスラーさんの娘さんが、「イチロー選手のおかげで、父の名が再び注目を浴びることができて嬉しい」とコメントしていた。

スポーツで記録が更新されるときは、”偉大な先人”にスポットライトが当たるもの。そして今、早稲田実業の清宮幸太郎選手がホームランを打つたびに、紙面に名前が載っているのが、元高校球児・山本大貴(ひろき)さんである。

山本さんは神港学園時代に、107本のアーチを放った。これは、現在の「高校通算本塁打」の最多記録となっている。歴代2位の清宮選手よりも名前が上にある人物は今、何をしているのか。先日、新聞記事になっていたので、簡単にまとめてみる。

■ 甲子園に出場できず、「自分が(プロで)通用するようなイメージが全然わかなかった」。
プロ志望届は出さずに、高校卒業後はJR西日本に入社。
■ 中2の時に父を亡くしていて、「母はずっと働きずくめでしたからね。卒業したら、できるだけ迷惑をかけたくないと思っていました」
■ 社会人野球での通算本塁打は「5、6本」にとどまり、昨年限りで現役を退いた。
■ 大谷(日本ハム)、藤浪(現阪神)と同学年。「凄いとは思うけど、(プロへの未練は)全然ないですね」
■ 現在は社業に専念。JR西条駅(広島)の駅員として奮闘中。
■ 清宮が本塁打を打つたびに、同僚から「お前、あと何本で抜かれるぞ」と言われている。
■ 昨年9月に結婚。2月には長男が生まれた。
■ 記録を超えられることは、もう覚悟している。「108本目はみんなが見られる甲子園で打ってもらいたい」


今年8月に開催される『ロンドン世界陸上』の男子マラソン日本代表・川内優輝選手(埼玉県庁)は、暑さに弱いと自覚していて、酷暑の中で行われることが確実な東京五輪は「目指さない」ことを公言している。ファンとしては残念に思ってしまうけど、オリンピックだけが人生ではない。競技との向き合い方は”人それぞれ”なのだ。

だから、高校時代に誰よりも多くホームランを打ったからといって、プロ野球選手にならない球児がいたっていい。傍から見ると、22歳での現役引退はちょっと早い気もするけど、自分の実力を客観的に見て、家庭の事情も踏まえて、納得して決めたことなら、それはそれで「一つの立派な選択」だと思う。

現在は社業に専念し、JR西条駅(広島)の駅員として奮闘中とのこと。みどりの窓口ではテキパキと発券業務に取り組み、改札口では車いすの乗客を率先してアテンドする。「気は優しくて力持ち」を地で行くような駅員さんに親切にされたら、誰だって嬉しくなる。

「清宮君には、超えてほしい。これから日本球界を背負っていくような選手になる。抜いてもらって、活躍してもらった方が、僕もうれしいです」。山本さんのこれからの人生に、どうか幸多からんことを!

 

山本大貴さんから学んだこと

誰もが最高峰の舞台を目指すわけじゃない。競技との向き合い方は人それぞれ。