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人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【乾貴士】バルサに冷や汗をかかせた、侍フットボーラー

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エイバル乾 2年2カ月ぶり代表復帰 バルサ戦2ゴールの活躍(5/25 デイリースポーツより)

 日本サッカー協会は25日、都内のJFAハウスでキリンチャレンジ杯・シリア戦(6月7日・味スタ)とW杯アジア最終予選イラク戦(同13日・テヘラン)に臨む日本代表メンバー25人を発表した。スペイン1部エイバルFW乾貴士(28)が2年2カ月ぶりに代表復帰した。
 乾の代表復帰はハリルホジッチ監督就任直後の2015年3月以来。ハリルホジッチ監督は「宇佐美との競争だった。ここ最近のパフォーマンスを見れば、(乾の代表入りは)ロジカル。バルサ戦での得点もうれしい」と説明した。21日のリーグ最終節・バルセロナ戦では2得点。日本人選手として初めてバルセロナからゴールを奪った。


5月21日のリーガエスパニョーラ最終節・バルセロナ戦で、2得点を挙げる快挙を成し遂げた乾貴士選手(エイバル)が2年2ヶ月ぶりの代表復帰!日本人で初めてバルサの本拠地「カンプノウ」でゴールを記録した”旬の男”を、ここで呼ばないわけにはいかないだろう。

ブンデスリーガプレミアリーグと比べると、リーガエスパニョーラは、中村俊輔選手(ジュビロ磐田)や清武弘嗣選手(セレッソ大阪)など日本人が苦戦しているイメージがある。

しかし、乾選手は2シーズン目で通算6得点。大久保嘉人選手(FC東京)がマジョルカ時代にマークした”日本選手最多得点”を上回った。エイバルには鳴り物入りで入団したわけではなかったが、現時点では「最もスペインで成功している日本人選手」と言っていい。

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中日ドラゴンズ荒木雅博選手が、(これを書いている時点で)2000本安打まであと8本に迫っている。

最近読んだ新聞に、中日時代に同僚だった山崎武司さんのコラムが載っていたのだけど、それによると、荒木選手は入団当時は打撃がぱっとせず、「4・5年で終わっていく選手」「これでドラフト1位か」などと周囲からバカにされていたらしい。そんな選手が、過去47人しかいない大記録を達成しようとしているのだから人生はわからない。

以前、フェンシングの太田雄貴さんが「選手にとって一番つらいのは期待されないこと」と言っていたけど、求められるものが高すぎてもそれはそれで大変だ。逆に元々の期待値が低いと、本人も気楽だし、周囲も「活躍すれば儲けもの」ぐらいにしか思っていない。そして、そういう立場の選手が結果を残すと、評価がうんと高くなるのだ。

Amazonのカスタマーレビューと同じくらい、スポーツの前評判もあてにならないもの。取り巻く環境や本人の努力次第で、あとからいくらでも覆すことができる。乾選手には、「これからスペインにくる日本人選手が簡単に塗り替えられないような通算ゴール数」で、そのことを証明してほしいと思う。個人的には、日本代表戦で香川真司選手(ドルトムント)との元セレッソコンビが見たい!


乾貴士選手から学んだこと

期待値の低い選手が結果を残すと、評価が高くなる。

 

【堀奈津佳】表舞台への返り咲きを目指して

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ゴルフというのは、プロになって活躍すれば、大金を稼ぐことができる「夢のあるスポーツ」だ。その反面、怪我や体調不良、メンタルの不調などに見舞われると、シード権を失い、収入が途絶えてしまう「恐ろしいスポーツ」でもある。

2013年に年間2勝を挙げるなど、大ブレークを果たした堀奈津佳選手(フリー)。その年のツアー賞金ランキングでは10位となり、押しも押されもせぬ”女子ゴルフ界のスター選手”の一人だった。その彼女が今、「推薦でしか試合に出られない」という状況に陥っている。

14年から少しずつ歯車が狂い始め、15年は30試合中23試合で予選落ちと不振にあえぎ、シードを喪失。16年も出場した8試合はすべて予選落ち。今季は下部ツアー(ステップ・アップ・ツアー)にも出場できなくなった。妹の琴音選手(東芝)が頭角を現しているだけに、その心中は察するに余りある。

今年1月、「ゴルフについて、一人で勉強しよう」と単身でアメリカへ。ゴルフのメッカ・フロリダ州で現地のコーチに指摘された弱点は、「中心軸が左にずれている」。これは、日本で長年指導を受けているコーチに言われていることと、全く同じだったそうだ。

同じ言葉でも、心に届くときと届かないときがあるのだ。そのときの自分の精神状態にもよるし、「誰に言われたか」というのも大きい。でも、指摘されたことをすぐには受け入れられなくても、あとから振り返ると「こういうことだったんだ」と納得できることがある。堀選手は、日米のコーチから同じ指摘を受けて、浮上のきっかけをつかめたのではないだろうか。

夏以降は、年間最大8試合の推薦出場が増える予定になっている。13年の大活躍は、本人いわく「出来すぎだった部分もあったと思う」。でも、ある程度の実力がなかったら、年間2勝なんてできないだろう。まだ24歳。ゴルフは30代や40代で活躍する選手も多い。再び復活してほしい!

 

堀奈津佳選手から学んだこと

同じ言葉でも、心に届くときと届かないときがある。

 

【大松尚逸、菊池彩花】日常生活もままならない、どん底からの復活!

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苦労人が決めた!ヤクルト大松サヨナラ弾 ロッテ自由契約から今季テスト入団(5/10 デイリースポーツより)

「ヤクルト3-2広島」(9日、神宮球場
 決着をつけたのは、苦労人の一振りだった。延長十二回、代打のヤクルト・大松尚逸内野手(34)が6番手・中田の4球目を強振。打球は右翼席に突き刺さった。3年ぶりの本塁打は、7年ぶり2本目のサヨナラ弾。大興奮に包まれた神宮のお立ち台で「感無量です!!」と叫んだ。
 恩返し弾だ。「スカッとした。チームに貢献したい、その一心でした」。昨季右アキレス腱を断裂。ロッテを自由契約となり、テストを受けてヤクルトに入団。プレーする機会を与えてくれた球団への思いは人一倍強い。
 勝利の女神も駆けつけていた。父・三郎さんと敦子夫人が今季初めてのスタンド観戦。支えてくれた夫人への、感謝の気持ちでもあった。劇的勝利に真中監督は「見事ですね」とニッコリ。“ヤクルトの大松”として新たな一歩を踏み出した。 


昨年、ロッテを自由契約になった大松尚逸選手が、試合を決めるサヨナラホームラン!かつて、野村克也さんが監督を務めていたときのヤクルトは「野村再生工場」と呼ばれていたが、「真中再生工場」と名前が変わった今も、移籍選手の活躍が続いている。

大松選手は、昨年5月の2軍戦で右アキレス腱(けん)を断裂。手術を受け、車いす生活を強いられた。しばらくは日常生活もままならず、長期にわたるリハビリに励んでいたが、オフに戦力外通告。「弱り目にたたり目」「泣きっ面に蜂」とは、まさにこのことだろう。

しかも、その時点ではまだ治る見込みはなかったそうで、普通なら引退を考えてもおかしくない状況なのに、「もう一度だけでも1軍の打席に立ちたい」とヤクルトの入団テストを受験。見事、現役続行を勝ち取った。

自分はヤクルトファンではないけれど、一度地獄を見て、そこから這い上がってきた選手は応援したくなるし、つば九郎と一緒にヒーローインタビュを受けて、「いつかこういう日が来ると信じてリハビリを続けてきました。はじめまして、大松尚逸です!」と声を震わせている姿を見ると、思わず目頭が熱くなってしまう。

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2015年、『世界距離別スピードスケート選手権』のチームパシュートで、高木菜那・美帆姉妹とともに金メダルを獲得した菊池彩花選手(富士急)。昨年8月に氷上練習で転倒した際、他の選手のブレードが右脚に刺さり、筋肉や腱など約20センチを切る大怪我を負った。

たまにフィギュアスケートでも、ブレードで手を切って流血している選手がいるけど、かなりスピードが出ている状態で刃が刺さったなんて、聞くだけで痛々しくてたまらない。本人いわく「ふくらはぎ付近がざっくり切れた」。1ヶ月間入院し、しばらくは松葉杖をつき、日常生活もままならない日々が続いたそうだ。

団体追い抜きのメンバー入りを争うライバルたちが次々とタイムを伸ばし、気分が落ち込みかけたこともあったが、「自分自身を見直す時間ができた。平昌五輪シーズンでなくて良かった」。前向きに捉えてリハビリに励み、今年2月にレース復帰。この5月からナショナルチームに合流した。

現役のプロ野球選手やスピードスケートの日本代表選手が、「日常生活もままならない状態」になるなんて、さぞかしストレスがたまっただろうと思う。実際に打席に立って三振をしたり、相手よりもタイムが遅かったのなら納得できる。でも、その舞台に上がることすらできないというのは、アスリートにとってどれほど辛くて、悔しくて、絶望的なことだったか。

地獄を見た二人は今、「打席に立てる喜び」や「レースで滑れる嬉しさ」を噛みしめているだろう。それは健康な身体で、試合に出るのが当たり前だったころには味わえなかった”尊い感情”だ。

今年のヤクルトは、日本ハムから戦力外になった鵜久森淳志選手が代打サヨナラ満塁本塁打を打つなど、”拾われた男”の活躍が続く。そして、スピードスケート女子の団体追い抜きは、平昌五輪の金メダル候補である。大怪我を糧に成長した「苦労人の逆襲」が楽しみだ。

 

大松尚逸選手&菊池彩花選手から学んだこと

五体満足で、戦いの舞台に立てる喜びを噛みしめる。

 

【田中陽子】U-20女子W杯で両足フリーキックを決めた、なでしこ戦士は今

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つい先日、2017年の直木賞本屋大賞をとった、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を読み終えた。ピアノコンクールが舞台になっている作品で、コンテスタント(演奏者)の一人に「栄伝亜夜(えいでん・あや)」というとても魅力的な人物がいた。

現在20歳の彼女は、かつて”天才少女”と言われ、国内外のジュニアコンクールを制覇。CDデビューもしていたが、13歳のときに母が急死し、それ以来、表舞台から姿を消してしまう。

そして今回、7年ぶりにピアノコンクールに出場することになり、その結果は・・・ネタバレになるのでここでは書くのを控えるけど、この亜夜のパートを読んでいるときに、なんとなく境遇が似ている、女子サッカー田中陽子選手のことが突然頭に浮かんできたのだ!

田中選手といえば、真っ先に思い出されるのは、6試合6得点2アシストの大活躍を見せた12年の『U-20女子ワールドカップ』だろう。中でも、グループリーグのスイス戦で、左右両足でフリーキックを決めたことは今も記憶に残る。中村俊輔選手や本田圭佑選手など、「フリーキックの名手」と呼ばれる選手はたくさんいるけど、両足で蹴れる選手というのはなかなか思い浮かばない。

自分は、この大会の準決勝のドイツ戦(残念ながら0-3で負けてしまった)を国立競技場のゴール裏で観戦していたのだけど、生き生きとプレーする田中選手を見て、「今はまだアンダー世代だけど、この選手がなでしこジャパンに入ってきたら本当に楽しみだなぁ」と胸を高鳴らせたものだった。

中高一貫教育のエリート選手育成機関である「JFAアカデミー」に一期生として入学し、卒業後はスター軍団のINAC神戸へ。同期入団の京川舞選手、仲田歩夢選手とともに”INAC三人娘”と呼ばれた。まさにキャリアは順調そのもの。しかし、15年になでしこリーグ2部のノジマステラへ、自ら志願して移籍。「いったいなぜだろう?」と疑問に思っていたところで、(自分の中の)情報が止まっていた。

今回、読書中に突然、田中選手のことを思い出したので、気になって近況を調べてみたところ、昨季、ノジマステラの2部優勝の立役者となり、今季は1部に昇格したチームの中心選手として活躍しているとのこと!やっぱり才能のある選手、心が強い選手は、どんな環境でも結果を出してくるのだ。

しかも、現在はサッカー一本ではなく、ノジマステラのフロントスタッフとして営業の仕事もしているそうだ。午前中に企業に出向いたり、試合のチケット販売に関わる業務などをこなして、午後から練習に励む。仕事をしながらプレーをするのは大変だと思うのだけど、「いろいろな人とふれあい、サポートしてくれる周りの人のためにも頑張ろうと思うようになった」

「自分の未来像が見えない」と思い悩んでいたINAC在籍時に比べると、今は人間的にも逞しくなって、見た目の美しさだけでなく、”生き様”も魅力的な選手になったように思う。ヤングなでしこ時代よりも、今のほうがずっと共感できるし、素直に応援したくなる。

現在23歳。3年後の東京五輪は中心選手として活躍が期待される。あの痺れるような両足フリーキックを、もう一度世界の舞台で見たい!

 

田中陽子選手から学んだこと

挫折を知った人間は強い。

 

【日野未来】元「Gカップグラビアアイドル」が競輪学校に入学

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【競輪】元グラビアアイドルのガールズ選手候補が壮行会(5/8 デイリースポーツより)

 113期生の元砂海人(27)と114期生の日野未来(24)の日本競輪学校入学者壮行会が8日、奈良競輪場多目的ステージで行われた。
 日野は中原未來の芸名でグラビアアイドルとして活動していたが、3年前に松戸競輪場ガールズケイリンを見て、選手を目指すことを決意。佐藤成人(43)=奈良・71期・S2=に師事して、トレーニングを重ねていた。「この1年間は練習一本でした。学校で1番になって、タイムでもゴールデンキャップを取るのが目標です」と今後の抱負を語った。
 元砂は弟の勇雪(25)=奈良・103期・A1=と、妹の七夕美(21)=奈良・108=が現役選手として活躍中。自身は愛知県警の警察官、自転車関係の問屋でサラリーマン生活を送ったこともある。「弟や妹の影響もあって選手を目指しました。選手になったら、みんなで活躍したいですね」と話した。
 2人は10日に入学。来年3月に卒業すれば、晴れてプロとしてデビューする。


競輪は、野球やスピードスケートなど他競技からの転向組が多いけど、グラビアアイドルからの転身は日野選手が初めてとのこと!しかも、これまでに運動経験はほとんどないというから驚きである。

かつては「中原未來」という名前でグラビアを中心に活動していたが、14年に仕事で松戸競輪場を訪問。そこで行われていたガールズケイリンを見たときに「これが私の仕事だ!」と思い、その日のうちに事務所に決意を伝えたとのこと。

最初は冗談だと思われたり、「男目当て」「話題作り」などと揶揄する声もあったが、高校を中退して芸能界入りした日野選手が、競輪学校の受験資格を得るために「高等学校卒業程度認定試験」を受けたり、それと並行してハードなトレーニングを続ける姿を見て、徐々に周囲の目も変わってきたようだ。

そんな努力が実って、競輪学校には一発合格。この5月10日に入学式を終えたばかり。サラサラのロングヘアーをここまで短くしたところにも、”本気度”が表れているように思う。

あなたが挑戦するときには、
あなたの挑戦を笑う人がいるかもしれない。
それでも、あなたは挑戦しなくてはならない。
あなたにはその資格も素質もある。
挑戦を笑う人よりも、挑戦する人になれ。
挑戦の先に得られる結果はきっと、
大きな成長と喜びをもたらしてくれる。
(結果は「行動する前」に8割決まる/金田博之)


来年3月に卒業できれば、晴れてプロのガールズケイリン選手としてデビューすることになる。現在24歳。元グラビアアイドルのチャレンジの行く末を、温かく見守っていたい。

 

日野未来選手から学んだこと

周囲の懐疑的な目を払拭するには、言葉よりも「行動」で示すのが一番。

 

【リーチ・マイケル】15年W杯で主将を務めたラガーマン、日本代表復帰へ

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リーチ、代表復帰に意欲「19年は間違いなくサンウルブズでプレー」(4/27 スポーツ報知)

 ラグビーの15年W杯で日本代表主将を務め、スーパーラグビー(SR)のチーフス(ニュージーランド)に所属しているFWリーチ・マイケル(東芝)が、日本でW杯が開催される19年は代表強化のために参戦している日本チームのサンウルブズでプレーする考えを明かした。26日、ニュージーランドの各メディアが伝えた。
 15年W杯後、故障や心身の疲労を理由に代表活動から離れている。今年に入って復帰に意欲を示し「19年は間違いなくサンウルブズでプレーしている」とコメントした。


15年W杯イングランド大会で、日本代表の主将を務めたリーチ・マイケル選手(東芝)。強豪・南アフリカを破るなど歴史的3勝を挙げた後、代表活動を辞退していたが、今年に入ってから”桜ジャージ”への復帰に意欲を燃やしているとのこと!

08年に日本代表入りし、13年に日本国籍を取得。14年からはキャプテンとして休みなく戦い続けてきたリーチ選手だが、日本代表&トップリーグ&スーパーラグビー、この3つの掛け持ちはさすがに厳しかったようで、「全てをこなすのは無理。疲れがたまりすぎていた。休まないと心身ともにダメになると感じました」。

「体はものを感じたり考えたりするベースであり、危険を察知するアンテナだ。体調が悪くて体が危険信号を発しているのに、それを精神でねじ伏せて頑張ったりしてはいけない」(持たない幸福論/pha)


リンダ・グラットンさんとアンドリュー・スコットさんの共著で、ベストセラーになっている『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略 』にも、「長きにわたり中断なく働き続けると、活力資産が枯渇することは避けられない」と書いてあった。

激しいコンタクトスポーツであるラグビーは、少しでも気を抜いたプレーをすれば即怪我につながる。3つ全部を完璧にこなすことはできないから、やることを1つ減らす決断をしたのだろう。

人間の持つ時間やエネルギーには限りがある以上、人生にはどうしても”優先順位”というものが必要になってくる。19年に日本で開催されるW杯に向けて4年間のスパンで考えたとき、代表から離れるなら今しかないと思い、1年半休養をとって、現在は「6月(の代表戦)に呼ばれるように」と、声が掛かるのを楽しみにしている。ジェイミー・ジャパンにとっても、これ以上ない朗報だと思う。

リーチ選手は、スーパーラグビーはチーフス(ニュージーランド)に所属しているが、「19年は間違いなくサンウルブズでプレーする」とのこと。トップリーグの所属チームである東芝は、経営状態が悪化しているのでラグビー部の行く末が心配だけど、充電が完了したラガーマンが、元気にプレーしている姿が見られると嬉しい。

 

リーチ・マイケル選手から学んだこと

体が発する危険信号を察知する。やらなければならないことで、減らせるものがないか考える。

 

【佐藤由規、松坂大輔】「速球派」から「技巧派」へ

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ヤクルト・由規、四回途中KO…「ふがいなさと悔しさがある」(5/6 サンケイスポーツより)

セ・リーグ、DeNA6-1ヤクルト、7回戦、DeNA4勝3敗、5日、横浜)ヤクルト・由規投手(27)は5日、DeNA戦(横浜)に今季初先発。3回1/3を投げて6安打3失点で黒星を喫し、昨年8月4日の広島戦(神宮)以来の勝ち星とはならなかった。「真っすぐがよくなってきているのは感じるけど、出し切れなかった。スライダーに頼りがちになってしまった。ふがいなさと悔しさがある」。制球に苦しみ、一回一死満塁で宮崎に押し出し四球を与え、先制を許した。その後も2点を失い、四回一死三塁で降板した。
 チームは今季ワーストタイの借金7で、3度目の3連敗。「制球できていない感じ。良くなる雰囲気もなかった」と真中監督の由規に対する評価は厳しかった。6日に出場選手登録を抹消されて2軍で再調整。再び1軍のマウンドを目指す。


2007年、中田翔選手(大阪桐蔭日本ハム)、唐川侑己選手(成田→ロッテ)とともに「高校ビッグ3」と呼ばれた由規選手。3年夏の甲子園で155キロをマークし、10年には当時日本人最速となる161キロを出すなど、”豪速球投手”として名を馳せたが、13年オフに右肩を手術。その後も状態は上がらず、育成選手への降格を経て、再び一軍のマウンドに戻ってきた。

現在は、自身の最高球速からは10キロ以上ダウンしてしまったが、それでも150キロ近くは出ているのだから、他のピッチャーと比べるとまだまだ速いと思う。ただ、昔ほど球威で押せなくなった分、どうやってバッターを打ち取るかを色々と模索しているようだ。 

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4月27日発売の『Sports Graphic Number』の「松坂世代」特集は、読んでいて心に沁みるものがあった。野球界を一世風靡した彼らも、今年37歳。現在の置かれた立場を物語っているような、表紙の松坂大輔選手の顔が切なすぎて・・・。

9年前に初めて右肩に違和感を覚え、無理がたたって右ヒジの靭帯を損傷。11年にトミー・ジョン手術を受けた。それでも肩の痛みは消えず、一昨年、ついにメスを入れる決断をする。

それ以降、痛みの出ない投げ方を探すようになってしまい、かつてのような150キロを超えるストレートが投げられなくなった。そして今、抑えるために動くボールを駆使するなど、新しいピッチングスタイルを模索中とのこと。

由規選手や松坂選手のような経緯を辿ると、「”速球派”から”技巧派”に転身」と表現される。でも二人の意識の中では、厳しいプロの世界で生き残るために、そして大好きな野球を少しでも長く続けるために、今の自分ができることを精一杯やっているだけなのだと思う。

松坂選手は高校時代、同世代の頂点に君臨していたし、由規選手も「高校ビッグ3」の一員だった。常に周囲からは「目標にされる存在」だったから、いつまでも「昔のイメージまま」でいてほしいと思ってしまう。でも現実は体がついてこなくなった。このことに悔しさやもどかしさを一番感じているのは、他でもない本人たちなのである。

給料泥棒、不良債権、太りすぎ・・・etc。外野の声は、きっと耳に届いているだろう。それなりの結果を出さないといけない立場であることも事実。でも彼らも人間で、傷つき苦しみながら、それでも野球を諦めないで少しずつ前に進んでいる姿を見ていると、個人的にはそこまで揶揄する気にはなれないのだ。

かつて甲子園やWBCでたくさんの感動をもらった身としては、追い討ちをかけるようなことは口にしないで、これからも応援に徹したいと思う。肩の手術を受けても、ここまで投げられるようになるんだということを証明してほしい。

佐藤由規選手&松坂大輔選手から学んだこと

全盛期の力を取り戻せず、一番悔しい思いをしているのは本人。