人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

優れた成績(結果)を残す選手には、必ず理由(原因)がある。アスリートがプレーで表現してくれたことを、わかりやすい文章に落とし込んで発信します。

【伊藤有希】ライバルの快挙を、笑顔で祝福した人間性に金メダルを!

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(※ 写真は「AFPBB News」より)

葛西「伊藤有希は選手35人中最悪の風当たり」(2/13 読売新聞より)

 平昌五輪ノルディックスキー・ジャンプ代表の葛西紀明土屋ホーム)は13日、ブログを更新。
 同日行われたジャンプ・ノーマルヒルで9位で敗退した伊藤有希(同)について「1度も運が巡ってこなかった。選手35人中最悪の風当たり」と残念がった。
 伊藤の応援に行ったという葛西はブログで「信じられない」「こんな事ってあるのでしょうか」と悔やみつつ、「いや、オリンピックだからあるのでしょうね」「いつかメダルが取れる! そういう運が巡って来ると有希に伝えました」と伊藤をねぎらったことを明かした。


平昌五輪女子スキージャンプで9位に入った伊藤有希選手(土屋ホーム)。彼女の試合後の立ち居振る舞いを見ていて、「人間は勝負に負けたときに、どういう行動をとるかによって価値が決まる」という言葉が浮かんできた。

屋外で行われるスキージャンプは、風に影響される競技である。ある意味、自然が相手で、こればかりは努力ではどうすることもできない。

昨季は初優勝を含むワールドカップ5勝で総合2位。十分な実力を兼ね備えて臨んだ4年に一度の大舞台。スピードスケートの小平奈緒選手&高木美帆選手のように、高梨沙羅選手と”ダブル表彰台”の可能性も大いにあったのだ。

それなのに、応援に行ったレジェンド葛西紀明選手いわく、「選手35人中最悪の風当たり」。2本とも追い風という不利な条件下でのジャンプを強いられた。それでも1ケタ順位をとったのは本当にすごいと思うのだけど、本人の無念さは察するに余りある。

でも試合後のインタビューでは、恨み言ひとつ言わず、「沙羅ちゃんが苦しんで4年間過ごしてきたのを見てきたので、メダルを獲れて良かったと思います」。銅メダルが決まった瞬間も、真っ先に駆け寄って祝福し、笑顔で「おめでとう!よかったねー」と言っていた。もし自分が伊藤選手の立場だったら、同じことができるだろうか?(たぶんできない)

スポーツは勝者にしかスポットライトが当たらない。舞台がオリンピックだと、「勝者=メダリスト」と考えてもいいかもしれない。でも、”影の部分”で精一杯頑張った選手のことを、見ている人は絶対に見ているのだ。

この日、試合後に「伊藤有希」でツイッターを検索すると、「インタビューが立派だった」「人間性が素晴らしい」という意見がたくさん書かれていた。自分もそういう内容を呟いたら、「いいね!」がいくつかついた。

人生は生きるに値しないほど厳しいところもある。それは確かだ。
でも一方では、まんざら悪いというわけでもない。
若いうちは無理かもしれないが、
長く生きていくうちに少しずつそういうことがわかるようになる。
人生の帳尻はどこかで合うものなんだよ。
(『ストロベリー・フィールズ』/小池真理子

 

解説の原田雅彦さんが「伊藤有希もメダルを狙える選手なんです・・・」と涙声で話していたけれど、伊藤選手の無念さを共感し、人柄や人間性に惹かれてファンになった人はたくさんいると思う。人生の帳尻はどこかで合うもの。まだ23歳。これから北京五輪に向けての4年間は、今まで以上に応援したいという気持ちになった。

 

伊藤有希選手から学んだこと

人間は勝負に負けたときに、どういう行動をとるかによって価値が決まる。

 

【ピタ・タウファトファ】極寒の平昌五輪開会式に、なんと上半身裸で登場!

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(※ 写真は「朝日新聞デジタル」より)

トンガの旗手、マイナス7度開会式でも上半身裸で入場「こんなのへっちゃら」(2/9 スポーツ報知より)

 氷点下7度と極寒の開会式で、南太平洋の島国トンガの旗手を務めたノルディックスキー距離男子のタウファトフアが裸の上半身に油を塗った民族衣装で登場して大歓声を浴びた。
 テコンドー代表として出場した16年リオ五輪の開会式と同様のパフォーマンス。筋骨隆々のマッチョボディーにオイルも塗っていたようで、ライトアップされた会場でテカテカと輝いていた。
 スキー転向から1年で冬の祭典に参加。「寒くないよ。トンガから太平洋を航海してきたんだから、こんなのへっちゃらだ」と冗談めかして旗を振った。


いよいよ平昌五輪が開幕!もし「開会式」という種目があったなら、文句なしの金メダルに輝いたのは、聖火を点灯したキム・ヨナさんではなく、夢に出てきそうな人面鳥でもなく、トンガのピタ・タウファトファ選手だろう。

この日の会場は氷点下7度。葛西紀明選手(土屋ホーム)が体中にカイロを20個も張っていたにもかかわらず、あまりの寒さに途中退席をしたほどの冷え込みようだったのに、なんと上半身裸で登場!オイルを塗ってテカテカになった見事な肉体美は、全く寒そうに見えなかった。このままテルマエ・ロマエに出れそうな、イケメンぶりに眼福である。

朝日新聞デジタルによると、タウファトファ選手はオーストラリアのブリスベンに住んでいて、ホームレスの人を支援する施設で15年間働いてきた。このような格好で登場したのは、「単に有名になりたいわけではない。名前が知られることで支援を受け、みんなを助けたい。不可能に思えることでも、やればできる、と伝えたかった」。

この記事を読んで、真っ先に頭に浮かんだのは、リオ五輪ウエイトリフティング男子105キロ級で14位になった、デビッド・カトアタウ選手(キリバス)のことだ。

彼は試技後のコミカルなダンスで話題になったのだけど、「海面上昇によって水没する恐れがあるキリバスという国のことを知ってもらいたい」という一心でパフォーマンスをしたと言っていた。実際、五輪後に様々な国の人から「もっとキリバスの話を聞きたい」というメールが届いたそうだ。

このように、一つのパフォーマンスが世界中の人々に影響を与えることがある。今はお金を集めるのに「クラウドファンディング」という手段があるし、オリンピックの開会式で、これだけ体を張って注目を浴びれば、すぐに支援者も現れるのではないだろうか。

海外の選手でも、抱えているバックグラウンドを知ると応援したくなる。リオ五輪にはテコンドーに出場したタウファトファ選手は、今回はスキーのクロスカントリーに出場するとのこと。風邪を引いていないか心配でたまらないけど、どうか万全の体調で本番に臨んでほしいと思う。

 

ピタ・タウファトファ選手から学んだこと

一つのパフォーマンスが、世界中の人々に影響を与えることがある。

 

【平山相太】「平成の怪物」が32歳で現役引退を表明

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(※ 写真は「サッカーダイジェストWeb」より)

「怪物」平山相太32歳で引退、度重なるけがで決意(1/27 日刊スポーツより)

 ベガルタ仙台は26日、元日本代表FW平山相太(32)の現役引退を発表した。FC東京から仙台に完全移籍した昨季、開幕直後の練習で左くるぶし付近の腱(けん)を脱臼。故障の影響で試合に出場できなかった。昨年12月に全体練習に復帰したが、同じ箇所を痛め、15日からの沖縄キャンプには帯同せず、仙台で治療を続けていた。度重なる負傷で今季開幕を待たずにピッチを去ることを決意した。
 怪物と呼ばれた大型FWが、現役生活にピリオドを打った。平山はクラブを通じて「度重なるけがのため、現役から退き、引退することを決断いたしました。開幕前の大事な時期にクラブに迷惑をかけてしまうことを申し訳なく思っています。また、決断を尊重してくれたことに感謝しています」とコメントした。 


2004年1月12日、友人に誘われて、国立競技場で行われた「全国高校サッカー」の決勝戦を見に行った。対戦カードは「国見 vs 筑陽学園」。この試合で2得点1アシストと大暴れし、国見を日本一に導いたのが、若き日の平山相太選手である。

決勝まで勝ち上がるような2校はどちらも強くて、実力的に大差はないはずなのに、結果は「6-0」のワンサイドゲーム。「サッカーって、こんなに簡単に点数が入るものなのか?」と思うぐらい、あの日の国見高校は本当に強かった。スタジアム内の雰囲気も、「敵味方を超越した熱狂」があったように思う。

身長190センチ、体格も実力も高校生としては頭一つ抜けていて、これで将来を期待しない方がおかしいという状況。平山選手もそれに応えようと、精一杯努力したに違いない。それでも、トントン拍子にはいかないのが厳しいプロの世界なのだ。

アスリートのピークには個人差がある。高校時代に同世代の頂点に君臨した選手に対して、私たちはいつまでも「怪物のまま」でいてほしいと思ってしまう。でも現実は、度重なる怪我で思うようなプレーができない。「早熟」「期待外れ」などと言われて、悔しさやもどかしさを一番感じていたのは、他でもない本人だっただろう。

「小学生からサッカーを始め、小倉東サッカースポーツ少年団、ながながSC、田原中学、国見高校筑波大学、 現在までご指導いただいた方々のおかげで今日までプロサッカー選手としてプレーすることができました。 今でも先生方、監督は自分の憧れ、夢、目標です。ご指導いただきありがとうございました」


まるでビジネス書の「おわりに」に書かれている謝辞のような、この律儀なコメントに、彼の人間性がよく表れていると思う。2004年1月12日に国立競技場で感じたあの胸の高鳴りを、自分は14年経った今も忘れることができない。どんなすごい選手になるんだろうかとワクワクさせてもらったことに、感謝の気持ちでいっぱいだ。平山選手、今まで本当にお疲れ様でした。これからの人生に幸あれ!

 

平山相太選手から学んだこと

アスリートのピークには個人差がある。

 

【伊藤みき】最後までさじを投げなかった、女子モーグルの第一人者

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(※ 写真は「時事ドットコム」より)

伊藤みき、涙で「幸せだった」 4大会連続五輪ならず(1/21 朝日新聞デジタルより)

◇20日、フリースタイルスキーモーグル女子W杯第7戦
 「こういう試合に挑戦できたことは、すごくうれしく思います」と言いながら、伊藤みきはあふれる涙を何度も拭った。12位以内に入れば、五輪代表入りが確実となる大一番だった。だが、結果は22位。2006年トリノから3大会連続で五輪の舞台を踏んできたが、4大会目の平昌にはあと一歩届かなかった。
 14年のソチ五輪直後に右ひざを手術し、「何回も、もういいかなって思う時はあった」と振り返る。それでも、歯を食いしばった4年間を振り返り、「さじを投げずに地道に取り組めたことは、今後の人生にとって良かった。幸せだった」と胸を張った。


女子モーグルの第一人者・伊藤みき選手(北野建設)が平昌五輪出場ならず。4年前のソチ大会は、本番20分前の直前練習で右膝を痛めて、無念の棄権。「五輪の借りは五輪で返してほしい」と思っていたので、本当に残念でならない。

コブの上を滑って、エアを高く飛ばなければならないモーグラーにとって、膝のケガは致命的と言える。手術をしても、かつての滑りを取り戻すのは至難の業だ。それでも伊藤選手は、平昌五輪を目指すことを最後まで諦めなかった。「さじを投げずに地道に取り組めたことは、今後の人生にとって良かった。幸せだった」。このコメントがすごくいいなぁと思って、このコメントを紹介したくて、今これを書いている。

スポーツの世界では、勝者が称えられるのは当然。でも、私たちは敗者からも学ぶことがたくさんある。落選後、伊藤選手は自身のツイッターに「平昌五輪は日本チームを全力応援します!!!」と綴っていた。五輪のメダルという”記録”は残せなくても、こういう毅然とした立ち居振る舞いはいつまでも”記憶”に残るものだ。

現在30歳。年齢的にはまだできるような気がするけど、膝の状態はどうなんだろう。これから先、現役を続けるにせよ、裏方に回るにせよ、故障に苦しみながら競技を続けてきた彼女だからこそ、後輩に伝えられることがたくさんあると思う。

最後に・・・トリノ大会から3大会連続で出場してきた伊藤選手が、4度目の五輪出場を逃したことで、当たり前のように5大会連続でオリンピックに出て、すべての大会で入賞を果たした上村愛子さんの偉大さを改めて実感した。村上春樹さんの『職業としての小説家』には次のような文章が。「時間によって証明されること、時間によってしか証明されないことは、この世界にはたくさんある」


伊藤みき選手から学んだこと

自分の人生にさじを投げない 。

【ジェイソン・ブラウン、アシュリー・ワグナー】「平昌五輪に落選した後」の行動が立派だったスケーター

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(※ 写真は「au Web ポータル」より)

ネーサン・チェンが初の五輪代表に 米国代表3選手決まる/フィギュア(1/8 サンケイスポーツより)
 米国フィギュアスケート協会は7日、男子の平昌冬季五輪代表を発表し、代表選考会を兼ねた全米選手権で2連覇した18歳のネーサン・チェン、3位で昨年の世界ジュニア選手権覇者のビンセント・ゾウ、4位のアダム・リッポンが選ばれた。3選手ともに初めての五輪代表。
 今季のグランプリ(GP)シリーズ2戦はともに2位で、GPファイナル5位のリッポンは国際大会での実績が評価された。全米選手権で2位のロス・マイナーと同6位で2014年ソチ五輪代表のジェーソン・ブラウンは落選した。 


「ゆずるさんへ、はやくよくなってください!!ジェーソン

昨年のNHK杯で、羽生結弦選手に粋なメッセージを送ってくれた、ジェイソン・ブラウン選手が平昌五輪出場ならず。個人的に、ソチの笑顔の最終滑走を見てからファンになり、大好きなスケーターだったから残念でたまらない。

大一番の『全米選手権』、ショートは3位発進だったのに、フリーでミスが相次いで総合6位。間違いなく代表に選ばれる実力はあっただけに、さぞかし悔しいだろうと思う。でも、試合後の彼のツイートは、それはそれは素晴らしいものだったのだ。

「僕は自分の戦いを誇りに思う。アダム、ヴィンセント、そしてネイサンには本当に興奮させられたよ! 僕は2月、無我夢中で彼らを応援するつもりだよ」

”無我夢中”というワードセンスがすごくいい!夢が絶たれた直後にこういう発言ができるところに、性格の良さが表れていると思う。スケートの技術以外にも、彼からは学ぶことがたくさんある。浅田真央さんが引退したときの寄せ書きには、日本語で「まおさん 私はあなたがとってもだいすき!」と書いていた。人柄は間違いなく「金メダル級」と言っていいだろう。

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(※ 写真はデイリースポーツより)

米国平昌五輪女子代表にテネル、長洲、チェンを選出(1/6 スポーツニッポンより)
 米国フィギュアスケート協会は6日、女子の平昌冬季五輪代表を発表し、平昌冬季五輪代表選考会を兼ねた全米選手権で優勝したブレイディ・テネル(19)、2位の長洲未来(24)、昨年優勝で同3位のカレン・チェン(18)を選出したと発表した。
 14年ソチ五輪に出場したアシュリー・ワグナー(26)は4位となり落選し、控えに回った。テネルとチェンは初出場となる。


そして、女子でも残念なニュースが。ソチ五輪代表のアシュリー・ワグナーが平昌五輪出場を逃した。16年世界選手権の銀メダリストで、オリンピックでも上位に入れる実力を兼ね備えていただけに、さぞかし悔しいだろうと思う。でも、試合後の彼女のツイートは、それはそれは素晴らしいものだったのだ。

「私は全力を尽くし、胸を張って家に帰っている!代表に選ばれた愛しい女性たちにおめでとう、今から貴女たちの応援団に入るね!」

”貴女たちの応援団に入る”というワードセンスがすごくいい!4位ほど悔しい順位ってないと思うのに、失意のときもなげやりにならず、他の選手へのリスペクトを忘れない。こちらも、人柄は間違いなく「金メダル級」である。

「人としての真価が問われるのは、良い時よりもダメな時」(そういえば、いつも目の前のことだけやってきた/平田静子)


それぞれのツイートを見たあとにこの言葉を聞くと、本当にその通りだなぁと思う。二人とも平昌五輪には出られないけど、来週1月23日から始まる『フィギュアスケート四大陸選手権』に出場することになっている。この大会は「オリンピックの前哨戦」のような位置づけなので、ぜひ上位に食い込んで実力を見せつけてほしい。自分は二人の”応援団”に入って、”無我夢中”で応援しようと思います!

ジェイソン・ブラウン&アシュリー・ワグナー選手から学んだこと

人としての真価が問われるのは、良い時よりもダメな時。

【松井秀喜】世界力を発揮するためには「反省と準備」が必要

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(※ 写真は『東海テレビ』の番組ホームページより)

2017年12月30日に放送された『The 世界力2』。今年は、元ニューヨーク・ヤンキース松井秀喜さんが出ていて、「日本人が世界で戦うための心構え」について語っていた。備忘録としてコチラに書き残しておきたいと思う。

<参考>
2016年に放送された『The 世界力』第1弾の模様はコチラ ⇓

ー今は何をしている?

ヤンキースのGM特別アドバイザーとして、マイナーリーグの選手を定期的に回って指導している。

ヤンキースでのデビュー戦でホームラン。

刺すような視線を感じましたね。特別に何か違うことをしたかと言えば、何もしていない。1アウト満塁で最後に甘い球がきたので、運良くこういう結果になった。「もらった」と思って空振りするときもいっぱいあるんですけどね。

ー「もしここで打てなかったら?」とは考えなかったのか?

そこから入ることはなかった。自分の出来ることをやって、あとは出た結果を受け入れるしかないですから。反省・準備・反省・準備、その繰り返しです、毎日。

バーニー・ウィリアムスに言われたこと

シーズン中の普通の試合で、「今日はすごい大事な試合だよ」って言ったんですよ。何言ってんだろうって思って「なんで?」って聞いたら、ヤンキースは毎日ワールドシリーズの第7戦(最終戦)なんだよ」って。どんなときでもそういう気持ちで、そういう試合になっても同じ気持ちで、っていうことを言いたかったんだろうなと。

ー06年に左手首を粉砕骨折。怪我をしたとき、何を考えていたのか?

受け入れるしかなかった。受け入れて、その上でどうするか。もちろんしっかり治すということが大前提になってくるけど、気持ちの持ち方としては、怪我をする前の自分自身よりも、良い選手になる。良いバッターになって戻ってくる。そうなるための練習をしていこうって。

ー同じ手首に怪我を抱える錦織選手へメッセージ

完治させることしかないんじゃないですかね?「完治」にするのかどうかは分からないですけど、プレーする上で心配しなくていい状況になれば、大丈夫だと思いますけどね。

松山英樹選手が出場した『ザ・プレジデンツカップ』を見に行った際、「ヒデキ!」とファンから声をかけられた。

「ヒデキ」ってどっちのヒデキだか分からない(笑)。自分でないと思ってます。そう思っておいた方がいいです(笑)。

ー普段のゴルフは何打くらい?

僕は背番号55だったでしょ?だからハーフ55で回れるようにしているんですよ。それで、いつもみんなに「下手くそ」って言われて終わるんです。ホントですよ。ひどいんだから、僕。55を上回らないようにしてるんです。110は超えないように頑張ってる。

ー松山選手を間近で見て。

自分の印象としては淡々とというか、一打一打、緻密な計算があってやってたんでしょうけど、あまり感情の起伏がない、ずっと同じ気持ちを持ちながらプレーしていたように映りましたね。イーグルをとっても特別喜ぶでもなく、ミスしても特別悔しがるわけでもなく。自分自身に自信を持たれてるんじゃないかな?というのを感じましたね。
 

ワールドシリーズのような大きい大会に対して、どう臨むのか?

大きな試合になればなるほど、周りは変わっていくんですよ。例えば、メディアの集中とか数とか、ファンの熱狂とかね。その変わる環境に、自分も一緒に変わったらうまくいかなかったと思う。どれだけ周りが熱狂しようが、注目しようが、自分のいつものしていること、準備を変えちゃいけない。



松井さんがメディアに登場するのは久しぶりだったけど、適度に自虐ネタを入れてきたり、ゴルフ場では嫌な顔一つせず、ファンとの写真撮影に応じていた。身体だけじゃなく、人間としての器が大きな人だと改めて実感。「反省と準備」を怠らず、アメリカにきて7年後にワールドシリーズでMVP。松山選手はプロになって4年。怪我が完治しつつある錦織選手とともに、ぜひ近いうちにメジャータイトルを取ってほしい!!

 

松井秀喜選手から学んだこと

世界力を発揮するために必要なのは、反省と準備。どんな試合も同じ気持ちで臨むこと。

【郷亜里砂、神谷衣理那】遅咲き&苦労人のスプリンターが平昌切符をGET!

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(※ 写真は「産経ニュース」より。前列右から2番目が神谷選手、3番目が郷選手)

小平奈緒、女子初の五輪金へ「出し切る」…スピードスケート代表16人発表(12/31 スポーツ報知より)

◇スピードスケート 平昌五輪代表選考会最終日(30日、長野市エムウエーブ)
 女子5000メートルと男子1万メートルを行い、試合後に平昌五輪の男女日本代表16選手が発表された。女子5000メートルでは高木菜那(25)=日本電産サンキョー=が7分12秒18の2位。2大会連続、妹の美帆(23)=日体大助手=と姉妹そろって初めての出場を決めた。

郷亜里砂 「時間はかかったけど、やっと五輪の舞台に立てる。楽しみながら、表彰台に立てるようにベストを尽くしたい」
◆神谷衣理那 「4年前外れたけど、たくさんの方に支えてもらいここまで来られた。最高のパフォーマンスが出来るよう頑張りたい」  


スピードスケートの平昌五輪代表16人が発表され、女子500メートルで郷亜里砂選手(イヨテツスピードクラブ)と神谷衣理那選手(高堂建設)が初の五輪切符を掴んだ。同種目では、W杯15連勝中の女王・小平奈緒選手(相沢病院)に注目が集まりがちだが、遅咲き&苦労を重ねてきた二人のスプリンターのことをもっと多くの人に知ってもらいたくて、今これを書いている!

今月30歳を迎えた郷選手は、山梨学院大学を卒業後、所属先が決まらずに引退を考えたこともあったそうだ。その後も国体開催地の強化選手として、山口県愛媛県などいくつもの所属先を渡り歩くなど、練習環境に苦労しながら競技を続け、ソチ五輪代表を逃しても「まだやりきっていない」と奮起。遠回りの末に夢舞台に辿り着いた。これまでの経歴を聞くだけで、応援したくてたまらない気持ちになる。

一方の神谷選手は、今日1月5日が誕生日の26歳。4年前のソチ五輪代表選考会では500メートルで3位に入り、選出は確実とみられたが、メダルが期待された団体追い抜きのメンバーが優先され、まさかの落選という憂き目に遭った。

競泳のように、五輪の派遣標準記録が明確になっていて、選考会でそのタイムに届かなかったのなら諦めもつくけれど、「選考委員会による決選投票」で出場の可否を決められるのは、どうしても不透明な部分が残る。いくら実力があっても、そのときの首脳陣に選ばれた選手でないと日の丸はつけられないのだ。

神谷選手はショックのあまり、いったん競技を離れてカナダに留学。半年をかけて立ち直り、15年春に復帰した。今回の『平昌五輪代表選考会』では、500メートルで3位に入って代表の座を手にしたが、4位の選手とは僅か0秒14差。これが「4年越しの執念」というやつなのだろう。

他にも、スピードスケートのオリンピアンでは、”三度目の正直”で姉妹揃っての出場が叶った高木菜那選手(日本電産サンキョー)と美帆選手(日体大助手)や、大怪我を乗り越えた菊池彩花選手(富士急)など、ストーリーのあるアスリートがたくさんいる。

追い風を受けているかのように前に早く進むのがスプリンターだが、逆風もまた背中を強く押してくれるものだ。紆余曲折を経て、精神的に強くなった選手たちの笑顔が、来月平昌で見られると嬉しい。

 

郷亜里砂選手&神谷衣理那選手から学んだこと

追い風だけでなく、逆風もまた背中を強く押してくれるもの。