人生で大切なことはすべてアスリートから学んだ

一流になれなかった元アスリートのブログ。憧れの存在であるトップアスリートの「思考・行動パターン」を真似したくて日々奮闘中。

【木村昇吾】元広島・西武で活躍したプロ野球選手が、クリケットに転向!

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※ 写真は「cocokara-next.com」より

7月7日(土)にオンエアされたTBS『バース・デイ』で、元プロ野球選手の木村昇吾さんの近況が特集されていた。昨オフに西武を戦力外となり、どうしているのかと思ったら、なんとクリケット選手に転身していたのだ!

個人的に、「クリケット」という競技名は聞いたことがあったが、ルールはよくわかっていなかった。試合の映像も、恥ずかしながら『バース・デイ』で初めて見たのだけど、「ピッチャーが投げてバッターが打つ」という点は野球と同じ。もちろん、細かいルールは”似て非なるもの”だが、木村選手がこれまでのプロ野球人生で培ってきた能力や、得意なことを活かせるセカンドキャリアであることは間違いない。
 

自分がこれまで築いてきた「土台」を活用して
仕事をするということです。
「働き方を変える」とは、これまでとはまったく別の能力を
身につけて別の仕事に就くということではありません。
(『人生格差はこれで決まる 働き方の損益分岐点』/木暮太一)


木村選手のこれまでのキャリアを振り返ると、広島カープがリーグ優勝を果たす前年にFA宣言。移籍した西武では、右膝前十字靱帯断裂の大怪我を負って育成選手に降格するなど、どこか歯車が噛み合わないアンラッキーな印象があった。

あのままカープに残っていれば優勝も経験できたし、今頃は指導者としてチームに残れたんじゃないか・・・などと、まあ外から見ている人は好き放題いろんなことを言えるのである。

どうしたらいいか一生懸命考えて決めたなら、
それはそれで正しいんだと思う。
外から見てる人はいろんなことを言えるけど、
考えて決めた人が一番偉いんだから。
(『終末のフール』/伊坂幸太郎


6月30日(土)に放送されたNHK総合『SONGSスペシャル』で、宇多田ヒカルさんが「今を今だけで評価できない」という話をしていた。「すごく悲しそうな出来事があったとしても、その出来事のおかげで5年後10年後、今よりもっと幸せになっているかもしれない」

自身の幼少時の特殊な家庭環境(=両親が離婚と結婚を6回も繰り返す)や、母親を突然亡くした喪失感を歌詞に昇華させて、結果的に多くの名曲を生み出してきた宇多田さんの言葉だから、とても説得力がある。

木村選手も本音を言えば、プロ野球選手としてもっと長くプレーしたかったはず。でもそれが叶わなくなった今を、今だけでは評価できない。クリケットの世界最高峰のインドリーグには、年俸20億円超を稼ぐスター選手もいる。これからの頑張り次第では、NPB時代の何倍もの報酬を手にしたり、今よりもっと笑って幸せになれる可能性だってあるのだ。

生きているかぎり、人生のストーリーは何度でも「上書き保存」ができる。
プロ野球からクリケットへの転向は史上初。この競技の普及のために、広告塔になる覚悟も持っているそうだ。1980年生まれ、現在38歳の松坂世代。「塗り絵」をするのではなく、白紙のキャンバスに自らデッサンをする男のチャレンジ、みんなで応援しようじゃないか!
 

木村昇吾選手から学んだこと。

今を今だけで評価できない。人生は何度でも「上書き保存」ができる。

【新谷仁美】元陸上女子長距離界のエース、4年ぶりに現役復帰!

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※ 写真は「朝日新聞デジタル」より

13年モスクワ世界陸上女子1万メートルで5位となり、14年1月に25歳で引退した新谷仁美選手(ナイキTOKYO TC)が現役復帰!陸上ファンにとっては、胸が熱くなるニュースである。

5年ぶりのレースとなった6月9日の「日体大長距離競技会」に出場し、9分20秒74で2位となった。本人的には「1キロ3分5秒ペースが最低ライン」と不満の残る内容だったようだが、ブランクがあってもこのタイム。「腐っても鯛」というか、さすがは元トップアスリートだ。

このレース後のインタビューがネットに上がっていたのだけど、「外に出て行った嫁が出戻ってきた」「走るのは全然楽しくもないし、しんどい。何が楽しいのかわからない」「戻ることは迷わなかった。バカなんで」「(ゼッケンが年齢と同じ30番)嫌みかと思いましたよ。新谷も30なんだって。だいぶ不満ですね」など、あけすけな”新谷節”は今も健在!こうしてまたコメントが聞けるようになったことが、ただただ嬉しい。

インタビューでは、普通のOLとして働いていたこの4年間のことを聞かれて、次のように話していた。

「外の世界の方が厳しいってことが身を持ってわかった」
「自分のできなさ加減に直面した」
「人間関係に関しても、昔から性格に難があったんですけど、今も相変わらず難しい性格をしている。それにより一層磨きがかかったのかなって」
「人と関わるのもほどほどにしろと。深い関係にならず、かといって浅い関係で続くようなかんじでもなく。距離感のようなものを勉強させてもらった」
「(誰かの一言が復帰のきっかけになった?)ないです。友達も少ないので」


新谷選手はどんなレースでも駆け引きゼロで、常に先頭引っ張るその”走りっぷり”が魅力的なのは言うまでもないけど、こんなふうに人付き合いがうまくできない、不器用なところも、自分はとても好ましいと思う。陸上でも外の世界でも何でも卒なくこなして、友達付き合いも充実している人よりも、”人間味”があっていい。

SEKAI NO OWARISaoriこと、藤崎彩織さんのデビュー作『ふたご』の中に、「みんなから嫌われてるやつのこと、俺、嫌いじゃないよ」「俺は寂しそうなやつって、魅力的だと思うよ」というセリフがあったけど、新谷選手に対しても同じことを思う。

 

魅力的な欠点がひとつあれば、どうしようもなく愛される。
人が人を好きになる時は、長所よりも欠点に惹かれることが多いもの。
(答えはすべて本に書いてある/川上徹也)

 

新谷選手のツイッターの自己紹介には「普通のOLです」と書いてあるのだが、今は円満退社し、また走ることが仕事になったそうだ。「走るのは今でも大嫌いです。でも悔しいけど、ここが自分の居場所だと思う」

40キロまで体重を絞って臨んだモスクワ世界陸上の”魂の走り”を見て、涙を流した陸上ファンも多かっただろう。あの小気味よいピッチ走法を、東京五輪のトラック競技で見られると嬉しい。

 

新谷仁美選手から学んだこと

人が人を好きになる時は、長所よりも欠点に惹かれることが多いもの。

 

【大谷龍太】祝・大谷翔平選手のお兄さん、人生初の全国大会出場決定!

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※ 写真は「毎日新聞」より

大谷兄が歓喜の涙、弟と違い「全国とは無縁だった」(6/6 日刊スポーツ)

都市対抗野球2次予選東北大会:トヨタ自動車東日本4-2日本製紙石巻>◇6日◇第1代表決定戦◇岩手県営野球場
 エンゼルス大谷翔平(23)の兄、トヨタ自動車東日本(岩手・金ケ崎町)の大谷龍太コーチ兼任外野手(30)が、初の東京ドーム出場を決めた。「僕は今まで全国とは無縁だった。7年間の思いが出てきて…」と試合終了後は、歓喜の涙を流した。
 大谷は1番左翼で先発出場し4打数無安打に終わったが、3回には送りバントを決め、2点目につなげた。昨年の代表チームを接戦で振り切り、予選から無傷の第1代表として、創部7年目で初の都市対抗出場を決めた。
 大谷龍太は前沢高(岩手)を卒業後、独立リーグの四国IL・高知などでもプレー。187センチの大型外野手で、トヨタ自動車東日本では創部時からコーチ兼任の「二刀流」で携わる。家族は夫人と1男。


「世界の二刀流」こと、大谷翔平選手(エンゼルス)の7歳上の兄・龍太選手が所属するトヨタ自動車東日本が、このたび初の都市対抗野球出場を決めた。龍太選手は7年前の創部当初からコーチ兼任でチームを支え、選手としては1番レフトでリードオフマンの役割を果たしている。

小学校5年生から野球を始めて、現在30歳。これが人生初の全国の舞台だそうだ。「僕は全国大会にほど遠い人生だったので、やっと出られる」。弟があまりにも凄すぎるだけに、比べられて嫌な思いをすることもあっただろうに、この歳まで好きな野球を続けて、ようやく辿り着いた東京ドーム。これまでの生き様に「いいね!」を押さずにはいられない。

最初から何の苦労もなく、
いきなりヒーローになった人とはわけがちがう。
一人前の人間になるために時間はかかるが、
そこには修行があり、過去の自分に対しての
反省や否定があって、自己否定の果てに悟りに至る。
つまり自己形成をしっかりこなした人間の姿、道筋が見える。
(『人の心をギュッとつかむ好感度UPの法則』/齋藤孝

 

まさに、齋藤孝さんがおっしゃっていることを、そのまま体現しているかのような人生である。「投手と野手」の二刀流もすごいことだが、「仕事と野球」「コーチと選手」の二刀流だって、本当に限られた人にしかできないことなのだ!

以前、スピードスケートの高木菜那・美帆姉妹の父・愛徳さんが、「同じ競技をしていると、どうしても上手な子の方をひいきしがちになりますが、姉妹で同じ夢・目標に向かって進んでいる限り、親として分け隔てることなく応援していきたい」と語っていたけれど、きっと大谷兄弟の父・徹さんも同じような考えの持ち主なのだと思う。

この日、龍太選手が出場したのは「都市対抗野球東北大会第1代表決定戦」。弟が活躍するメジャーリーグとはレベルも華やかさも全然違うけど、徹さんはバックネット裏に駆けつけて、長男に声援を送っていた。「どうしても比べられるつらさがある。嫌かもしれないけど、プラスに変えてやりなさいと伝えている」

兄弟がそれぞれの舞台で、それぞれの目標に向かって進んでいるかぎり、親としては分け隔てなく応援したいという思いが伝わってくる。

大谷翔平選手の兄」でなかったら、スポーツ新聞の記事になるようなことはなかっただろう。でも、日本全国には自分よりも才能を持った弟や妹と比べられて、辛い思いをしている人もたくさんいるし、そんな”長男長女”にとっては励みになるはず。自分の身の丈で、自分のレベルに合った夢に向かって精一杯頑張ることがいかに素晴らしく、尊いか。龍太選手の30年間の生き様が、そのことを教えてくれている!

 

大谷龍太選手から学んだこと

夢が叶うまでに時間がかかる人=自己形成をしっかりこなした人間。 

【藤田修平】98年夏の甲子園、サヨナラボークで敗退した宇部商業の投手は今

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※ 写真は「スポルティーバ」より

エース・松坂大輔を擁する横浜高校春夏連覇を成し遂げた、98年夏の甲子園。準々決勝、PL学園との延長17回の死闘は高校野球史に残る名勝負となったが、個人的にこれと同じくらい印象に残っている延長戦が一つある。

2回戦の宇部商業(山口)vs 豊田大谷(愛知)。2-2で迎えた延長15回、無死満塁のピンチで宇部商の2年生エース・藤田修平さんがサヨナラボークをとられた試合である。

少年のようなあどけない表情&華奢な体躯のサウスポーが、「何が起こったのかわからない」というようなかんじで、マウンドで呆然と立ち尽くしている姿が今も忘れられない。

その藤田さんの近況が、本日5月23日付のスポーツニッポンに掲載されていた。宇部商業を卒業後は福岡大に進学したが、4年秋を前に中退し、軟式野球部があった彦島製錬に入社。現在は実家の内装業に従事しているとのこと。現在36歳で、家族は妻と子供3人。変わらぬ細身の近影からは、当時の面影を感じることができた。

記事によると、あのボークの後、全国各地から300通を超える励ましの手紙が届いたそうだ。「感動を与えるために野球をやっていたわけではない。一生懸命やった姿でそう思ってもらえたのがうれしかった」

感動の押し売り(=マーケットイン)を狙って試合に臨んだわけではなく、本人いわく「松坂世代が活躍する中でちんちくりんの僕」が、”いまの精一杯”のプレー(=プロダクトアウト)をしていたところ、観客が深く感動してくれた。世間の人の心を動かした。高校球児としては悲劇的な幕切れだったけど、一人の人間としては本望だったのではないだろうか。

藤田さんは現在、小5の長男が所属する軟式野球チームの手伝いをすることで野球に関わっている。あんな形で甲子園を去って、野球を嫌いになってもおかしくなかったのに、やっぱり野球が大好きなのだろう。

宇部商業の指導者のサポートもよかったのだと思う。あのボークは高2の出来事だったが、全国から届いた大量の励ましの手紙はその翌年、高3の夏にすべての大会を終えてから渡されたそうだ。先生方が「すぐに渡したら調子に乗るだろう」と判断したため、このような形になったらしい。

甲子園で負けたことを罵倒せず、かといって過保護にもせず、生徒の人間性を育むにはどうしたらいいか、長い目で考えてくれる教育者が近くにいて本当によかった。昨日、アメフトの宮川泰介選手(日大)から「好きだったアメフトが好きじゃなくなった」というあまりにも悲しいコメントを聞いたあとだけに、余計にそう思った。

 

藤田修平さんから学んだこと

自分の身の丈で一生懸命頑張る姿は、人に感動を与えるもの。

 

【桃田賢斗】違法賭博問題から2年、日本のエースがツイッターを再開!

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※ 写真は「ヨネックスのホームページ」より

バドミントンの桃田賢斗選手(NTT東日本)が、約2年ぶりにツイッターを再開!

「お久しぶりです。トマス杯ユーバー杯のためタイに来ました!2度目の優勝に向けてチーム一丸となって頑張ります!!応援よろしくお願いします^_^」という大会の告知を兼ねたシンプルな文章だったけど、現時点で5000を超える「いいね!」がついている。バドミントンファンは、日本のエースが戻ってくることをずっと待っていたのだ!

2016年に違法賭博問題が発覚し、田児賢一選手とともに臨んだ記者会見での沈んだ暗い表情がずっと頭に残っていたので、笑顔の写真付きの投稿はたまらなく嬉しい。失ったものは大きかったと思うけど、彼はまだ23歳。オセロをひっくり返すべく、東京五輪で活躍してほしい。

高校を卒業して、大学を経ずにいきなり実業団入りするアスリートは、競技の実力は突出していても、精神的にはまだまだ未熟な部分がある。桃田選手が違法カジノ店へに出入りしてしまったのも、チームの先輩である田児選手に誘われたからである。体育会特有の上下関係に流されてしまったり、社会のルールを知らないことで誤った行動をしてしまう若い選手には、周りの大人のフォローが絶対に必要なのだ。

5月17日、東京・台東区の80歳の女性から現金をだまし取ろうとしたとして、20歳の女が現行犯逮捕されたというニュースがあった。一見、よくあるような事件なのだが、この犯人の女性が陸上のエリートランナーだった島田美穂さんだと聞いて、自分は今、とてもショックを受けている。

世間的には無名な存在かもしれないのだけど、高校陸上界では「知らない人はいない」と言っていいほどのスター選手だった。山梨学院大学付属高校3年時には、国体の3000メートルを9分01秒87で走って優勝している。あの高橋尚子さんの高校時代の自己ベストは10分15秒だから、金メダリストよりも1分以上速かったのだ。

高校卒業後は実業団の豊田自動織機に進んだが、16年のクイーンズ駅伝で痛恨のタスキの受け取りミス。チームが失格になってしまい、その後、パッタリと消えてしまったので、どうしているのだろうかと密かにずっと気になっていた。久しぶりに名前を聞いたのが逮捕のニュースとは・・・。

彼女はまだ20歳。豊田自動織機を辞めたあとは、風俗で働き、今回、詐欺の受け子がバレて逮捕。短期間でのあまりの変わりように、こちらの思考が追いつかない。ユーチューブに高校時代の映像が残っているけど、本当に才能がある”超高校級”のランナーだったのに。

いわゆる「スポーツバカ」というのは、「そのスポーツのことしか知らない」という意味で使われることが多いけど、「そのスポーツのためにバカじゃないかと思えるほどの努力ができる」ということでもあると思う。

島田さんは陸上のことしか知らなかったかもしれないけど、陸上のためにバカじゃないかと思えるほど努力をしてきた人でもあったはず。悪い道に行きそうになったときに、周りにフォローしてくれる人がいなかったのが残念でならない。

桃田選手は所属のNTT東日本のケアやサポートもあって、4月のアジア選手権のシングルスで優勝するまでに復活。本日、5月20日に開幕した「国別対抗戦トマス杯」でも日本のエースとして活躍が期待されている。若くして躓いても、また立ち上がって、前を向いて戦うアスリートの生き様を、しかと見届けたい。

 

桃田賢斗選手から学んだこと

精神的に未熟な高卒選手には、周囲のサポートが必要不可欠。

 

【本田圭佑】「プロフェッショナルとは、ケイスケホンダ」が大反響

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※ 写真は「ORICON NEWS」より

5月14日(月)に放送された、本田圭佑選手の『プロフェッショナル仕事の流儀』。「出身地はもはやもうアース、地球出身」「プロフェッショナルとは?ケイスケホンダ」など、良くも悪くも”本田節”が盛りだくさんの1時間だったように思う。

個人的に、スポーツ選手のドキュメントを見るときは、番組内での発言を自分の価値観と重ね合わせて、「これは正しいな」とか「この部分はわかるかも」などと確認しながら見ることが多い。今回でいうと、

「ハリルのやるサッカーに全てを服従して選ばれていく、そのことの方が僕は恥ずかしいと思っている。自分を貫いた自分に誇りを持っている」

というコメントには正直、賛同できなかった。理由は単純で、サッカーは個人競技ではないからである。反対に、すごく共感できると思ったのは、

「ケガしたくなかったら、練習しないのが一番です。当たり前の話ですけど。でも練習しないと能力向上しない。だから、ギリギリまで追い込んで、かつケガしないっていうところを見つけていく」

自分は市民ランナーなのだけど、ゴールデンウィークに走りすぎて少し足が痛くなってしまったのだ(涙)。連休中、いつもよりも走る時間がたくさんとれたので、調子に乗ってガンガン走ったらこれである。「ギリギリまで追い込んで、かつケガをしない」というラインの見極めを誤ってしまったがために、しばしの休足を強いられた。だから、この発言は気持ちがすごくよくわかる。

要するに、何事もバランスが大事なのだ。スピードスケートの高木美帆選手も、理想の体重を聞かれて、「適正体重は違うので、自分にとってどの状態がベストなのかをしっかり見極めることが大事だと思います。パワーがなくてはいけないし、キレのある動きもできなくてはいけない。そのバランスが難しい」と語っていた。

アスリートは、競技の結果で生き方を体現しなければならない。そのためには自分の体をよく知ることが必要不可欠で、日々試行錯誤を重ねながら、「ちょうどいい練習量」や「ちょうどいい体重」を見つけているのだと思う。

そして、この絶妙なバランス地点をキープし続ける人が、やがて「ケイスケホンダ」(=プロフェッショナル)と呼ばれるようになる。市民ランナーの自分も、見習わなくては!

 

本田圭佑選手から学んだこと

ギリギリまで追い込んで、かつケガしないラインを見つける。

【内川聖一】2000本安打が清宮選手の初ホームランと重なってしまった、遅咲きの努力家

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※ 写真は「デイリースポーツ」より

5月9日にプロ野球史上51人目の2000本安打を達成した、ソフトバンク内川聖一選手。この記念すべき日が、なんと日本ハムのスーパールーキー・清宮幸太郎選手のプロ入り初ホームランと重なってしまった!

でも、プロ野球でホームランを1本打っている選手なんてたくさんいるわけで、名球会入りとどっちが価値があるかなんて、改めて言うまでもない。翌日のスポーツ紙の一面は当然、「内川2000本安打達成」の一色かと思いきや・・・

スポーツニッポン →「清宮」 
日刊スポーツ →「清宮」
スポーツ報知 →「清宮」 
サンケイスポーツ →「清宮」
東京中日スポーツ →「吉見」 
デイリースポーツ →「メッセンジャー

 
東京都内のスポーツ紙では、なんと内川一面はゼロ!トーチュウはドラゴンズのお抱え紙だし、デイリーは常にぶれないのがいいところでもあるからまあよしとして、あとの4紙には本当にガッカリだ。これが「営業判断」というやつなのだろうか。

入団8年目でようやくレギュラーに定着した”遅咲きの努力家”が、18年かけて成し遂げた快挙なのに。この日ぐらい、一面は内川選手にして欲しかった。心から残念でならない。

「あの時の悔しい気持ちを思い出した。ちょっと初心に帰れた」

内川選手は高校時代、甲子園には出場していない。大分工業高校で監督を務める父・和博さんと親子鷹で甲子園を目指したが、3年夏は県大会決勝で敗退。上記の言葉は、当時の「準優勝のメダル」を久しぶりに見たときのコメントである。

目前で夢が破れた悔しい思いをバネにして、ここまで頑張ってきたのだ。スポーツを観戦している人は、どこか自分自身を選手に重ねて見ているところがあると思う。インターハイに行けなかったり、大学に落ちて浪人したり、同じように若いときに挫折を経験した人は、内川選手の野球人生と自分の人生を重ねて、今回の快挙を喜んでいる人が多いのではないだろうか。

と、ここまで書いていて、ふと小松大谷高校ナインのことを思い出した。2014年石川県大会決勝、8-0でリードして迎えた9回裏に、星稜に9点を取られて8-9でサヨナラ負け。ほぼ手中に収めていた甲子園の切符を逃してしまった。あのときの3年生は、今どうしているだろう。

内川選手のように、いつかこのときの準優勝メダルを眺めて、「甲子園には行けなかったけど、あの悔しさがあったから◯◯できた」と言えるような人生を歩めますように。 


内川聖一選手から学んだこと

若いときの挫折は、人生の宝物になる。